第11話 コーヒーメーカー
「ねえねえ風太くん、これ欲しい」
引っ越しをしてから1週間が経った。
ようやく風太たちも自分たちの生活ペースを取り戻したようで、今日はしっかり仕事をしている風太だった。
そこに、七海が乱入。自分のモニターを指して、「これこれ」と言ってくるので、仕方なく風太も視線を寄せる。
「何それ?」
「見て分かんないの? コーヒーメーカーだよ」
「コーヒーメーカー?」
七海がモニターを傾けて隣にいる風太に見えやすいようにする。
そこに映っていたのは、有名なユーチューバーが動画内でコーヒーメーカーを使っている様子だった。
あらかじめコップの中に牛乳を入れておいて、それをコーヒーメーカーの下に置いておく。
そしてそのコーヒーメーカーに専用のカプセルのようなものを入れる。
そこにはコーヒーの原液のようなものが入っており、自動で先ほどのミルク入りのコップに流れ込む。あとは特殊な振動によってそれらがうまくまざりあって、コーヒーの完成である。
「普通にコーヒーを作るのじゃダメなのか?」
「ほら、こっちのほうが楽そうだし」
風太はコーヒー中毒で、年がら年中コーヒーを飲んでいる。
そして今は家で執筆をしており、もともとの約束でもあったから七海がコーヒーを淹れている。
頻度としては1時間に1回くらい。風太もコーヒーは熱いうちに飲みたいらしく、そのせいかペースも早い。
「まあたしかに、1日に何回も淹れてたら疲れるだろうけど、お前も暇なんだからそれくらいはやってもよくないか?」
「あーでたでた。ひきこもりは暇だと思ってるやつ」
「実際そうなんじゃないのか?」
「暇だけど、手が離せないときとかもあるのよ‼」
「暇なのか……」
まあただ値段を見ると1万円もちょっとで買えるらしい。
コーヒーメーカーもカプセルに入っているコーヒーの原液を抽出することが主な仕事だからか、洗う回数もそこまで多くなくていいというのもポイントが高い。
あともう一つ、風太を悩ませる理由があった。
「七海、コーヒー淹れるの下手くそだしなあ……それがましになるかと思うと、たしかに……」
「でしょでしょ! ほら、買ってみようよ」
遠回しに罵倒をされた七海だったが、そんなことはどうでもいいようだ。
七海も風太ほどじゃないがコーヒーを飲むことがあるからだろうか、熱心に頼み込んでいる。
「まあそんなに安くない出費だけど……仕事に必要だからケチる必要もないか」
「よし、じゃあ注文するね!」
翌日、風太の家にコーヒーメーカーが届いた。
その日は、風太の担当編集の長峰が訪れる日だった。
「今日は担当編集の人が来るから、部屋から出るなよ」
「え、人くるの⁉」
風太が七海に打ち合わせのことを告げると、七海の顔が明らかに青ざめたのが分かった。
七海はこういう生活を送ってきて以来、さらに他人と関わるのを忌避している様子がある。
「まあ外で打ち合わせでもよかったんだがな。仕事場を家にすると言ったら担当編集から『そう言って仕事ができなくなる専業作家さんを何人も見てきました! 兼業のころはバリバリ書いてたのに……』という話をしてたから、まあ職場訪問みたいなもんだな」
「職場訪問……」
いつものわがままガールはどこへやら、七海はしゅんとしているように見えた。
「一応聞くけど…………女の人?」
「? まあ女性だけど」
「挨拶した方がいいのかしら…………」
「ややこしくなるだろうが。やめろ阿保」
風太との関係をどのように思っているのかは知らないが、風太と長峰はただの仕事仲間である。
というかそもそも、お前は俺の何なんだ、と風太は思った。
「お前は目立つから……変なことはしないで、おとなしくしてくれていたらそれでいい」
「うん、分かった」
妙に聞き分けのいい七海を疑問に思いつつ、風太は打ち合わせの時間を確認していた。
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