第5話 内見
「そういえば、七海。お前、内見は明日だけど付いてくるのか?」
二人で朝ご飯を食べていたのは、内見を明日に控えた日曜だ。
ちなみに日曜と言っても作家業に週休制はないので、いつも通り風太はスーツを着てこの後はファミレスに執筆する予定だ。
「へ? 付いて行くわけないじゃん」
「まあそうだよなあ」
風太の問いに一切気にすることなく七海が返す。
「引きこもりが次に家から出るのは、引っ越しの時だよ」
「そんな外出しない宣言されても……。まあ引越しの時に家を出るって聞けただけ得でもよかったけど」
「当たり前じゃん。家を出なきゃ家に引きこもれない」
「引きこもりのパラドックスか」
「そ」と言って七海はいつも通り朝ご飯をむしゃむしゃ食べている。
相変わらずいつもおいしそうに食べるなと風太は苦笑いしながら、お互いに引きこもりの話題についてはそこまで踏み込まなかった。
「じゃあ内見は俺一人で行くけど、どんな家になっても文句言うなよ」
「いやいや風太くん、何を言っているんだか」
「?」
風太は頭に疑問符を浮かべている。
その風太に七海はにこりと笑って、自分のスマートフォンを指さした。
「なんだ?」
「決まってるでしょ」
七海の口の端がにやりと上がり、こういった。
「テレビ電話。して」
わがままな七海に付き合わされる風太だった。
内見当日。
風太は一人で不動産屋を訪れ、そこから希望の物件を一緒に見に行く。
「こちらが2DKで、一つは6畳、もう一部屋は5畳になっていて、あとのダイニング部屋はこちらになります」
『おお~』
不動産屋の言葉に反応しているのは風太ではなく電話越しの七海だ。
ちなみに無線イヤホンで風太の耳にだけその声は届いているし、風太は不動産屋に見えないように工夫しながらスマートフォンに部屋の全貌を映している。
『ベランダ! ベランダ映して‼」
「わかった、分かったからうるさい!」
「どうされました?」
「いや、な、なにもないです」
『あははは、びびってるびびってる』
けたけたと笑う七海にこぶしを一発入れたかったが、今彼女は
なんとももどかしい時間だ。
そんな地獄のような時間はずっと続いた。
七海が何か大声で言うたびに耳元がキーンと鳴り、それを怒ろうとしては不動産屋に怪訝な目で見られる。
地獄のループだった。
それから結局3件ほど梯子することになり、1時間ほどかかった。
最後の物件が七海の反応も上々だったので、そこに引っ越すことになりそうだ。
「ところで、つかぬ事をお聞きしますが。鈴村様はご結婚なされているのですか?」
「――⁉」
最後の物件で細かいところを確認しているさなか、ふと不動産屋の男がそんなことを聞いてきた。
「いえ、け、結婚などは特に……」
「そうですか。てっきり結婚を機に引っ越しということかと思いまして」
「あ、ああ……」
たしかに2DKの部屋に一人で住むというのはいささか考えにくいことではある。
風太はたまたま年収も高い部類になるので2DKでもそこまで不思議はないが、風太の外見からはそれほどお金持ちの雰囲気もしないだろう。
『まあ、まさか引きこもりが一人住んでますとも言えないよねえ』
のんびりした声で言っているのは七海。
主要なところを見終えてしまったためか、もう飽きたように眠気に襲われているようなゆったりとした口調だ。
家でだらしなくベッドに寝転がっている七海の姿が目に浮かぶ。
「いえ……ただ仕事柄、家にいるので広い方がよいかなと思っただけです」
「そうでしたか。失礼しました。出過ぎた真似をお許しください」
「いえ」
男は
「おい引きこもり。寝るな。俺が頑張ってるんだから寝るな」
『ふぁい』
分かってるんだか分かっていないんだかと頭が痛くなる風太だった。
(結婚……か)
同時に「結婚」という言葉が妙に頭にこびりついた。
「引っ越しは来週だからな。お前も少しずつでいいから荷物まとめとけよ」
「はーい」
帰ってきて外行きの格好からルーズな格好に着替える風太。
そしてその様子をまじまじと見ている七海。
「なんだよ、見るなよ」
「いやあ、作家の体って細くて弱そうだなあって」
「作家でひとまとめにするな。健康体な人だっていくらでもいる」
風太も昔は陸上部に所属していたらしくいまだに太ももの筋肉とかはかなりあるが、どうしても上半身が頼りない。
「家にジムでも作ろうよ」
「金がかかるしお前は使わなさそうだから駄目だ」
「げ、バレてる」
「お前が筋トレなんかするわけないだろうが」
その言い草には少し不服な七海だったが、当たっているので何とも言い返しづらい。
だからいつも通り、ちょこっと悪戯をして返す。
「でもねえ。風太が私のナイスバディを見たいっていうなら、筋トレしてあげるよ」
「見たくないいらない」
「ほら、お尻の筋肉つけてほしかったらつけてあげるし、腹筋が割れてるのが好みだったら頑張ったげるよ?」
ちらり、とTシャツをめくってへそを見せる。
割れているわけではないが、不摂生な生活を送っているにしてはくびれもあって文句のつけようのない体だった。
だからうっかり、風太は口を滑らせる。
「だ、大丈夫だから‼ そういうのは、もう、間に合ってる」
「間に合ってる……ねえ♪」
失言をしたと思った時にはもう遅い。
「なんだ。もうすでにこの体で十分興奮してるって? そっかそっか、風太くんは私で発情しちゃってたのかあ」
「ち、ちがう! 今のは言葉のあやで、つい口から出てしまったというか……」
「あーそうだよねえ♡ いつもそう思ってるから、ついつい本音が漏れちゃっただけなのよねえ?」
「あー、もううるせえ!」
口喧嘩は強いはずなのに、体の話になるとすぐに劣勢になってしまう風太だった。
ちなみに拗ねていた風太によって、七海の翌日の朝ご飯は卵かけご飯になったとさ。
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