第3話 物件探し
「ねえ風太くん。物件の希望ってある?」
「そうだなあ」
寝る前、さっそく物件探しに話を膨らませる二人。
「出版社が文京区にあるからその近くが良いかな」
「今と同じくらいの距離?」
「ああ。電車で3,4駅で到着するくらいがいい」
「りょーかい」
カタカタっと条件を設定して、調べる七海。
「逆に七海の条件は?」
「お風呂とトイレは別々がいい」
「あーまあそうだよなあ」
「あと、ダイニング以外にもう一つ部屋がないと。風太の仕事部屋」
「そのために引っ越すからな」
物件を探しながら気持ちが昂る七海。
それに対し、風太の方は少しずつ寝る体制に入っていた。今はノートパソコンで仕事のメールをチェックしているところだ。
「じゃあ部屋はダイニング以外にもう二つだな」
「二つ? 仕事部屋があれば十分なんじゃないの?」
風太の提案に、椅子をくるっと回して疑問を投げる七海。
それに対して風太は平たんに答える。
「だって、七海だってそろそろ自分の部屋がいるだろ。いつまで俺と同じベッドってのも嫌だろうし、自分の部屋がないと落ち着かんだろ」
「ま、まあ……それはあるけど」
たしかに七海としても自分の部屋が欲しいという気持ちはあった。
これだけずぼらな七海でも年頃の女性だ。滅多にないが化粧をする姿は見られたくないとか、風太に見られないところで一回ガス抜きをしたいとか、まあそういう気持ちはあった。
「でも、別にいらないよ。部屋一つ増えるだけで家賃3万とか上がるし」
しかしその欲求は些細なものだ。
たしかに引っ越すとなって風太が24時間家にいるとなるとダイニングにいるより自分の部屋にいたほうが寂しさが紛れるだろうとかそんなことは思うだろうけど、家賃に比べれば我慢できる話だ。
しかし、風太はこういうところで意外に頑固だ。
「でもお前にも部屋がいるだろ。せっかく引っ越すんだから、妥協しないほうがいいぞ。どうせ俺の金なんだし」
「風太くんのお金だから…………遠慮するんでしょ」
自分のお金だったら自分の欲求を抑えることなどしない。
七海遥は知ってのとおりわがままだ。
だが風太のお金で引っ越すのなら話は違う。少しでも安いところのほうが良いと思う。
しかしその七海も、次の風太の言葉には悩まされた。
「ほら、どうせ引きこもり生活してるんだ。自分の部屋を改造して好きなようにしたいだろ?」
「――!」
天啓が降りたような、そんな顔をする七海。
相変わらず自分の気持ちには素直だなと風太は苦笑いした。
「家賃は15万以内だったら大丈夫だから。それで検索しておいてくれ」
「ふ、ふんっ。引きこもりの痛いところを突いて満足かしら」
「ああ、満足だ満足。七海のそういう拗ねてる姿を見るのが、一番の生きがいだ」
「こ、この、ど外道が‼ 性格悪っ!」
その言葉は七海にも刺さっていたが。普段から風太の困る顔を見ることが人生のゴールだと思っている七海だったが。
ただ、なんとなく「七海が自分の生きがいだ」と言われたような気持になって、悪い気はしなかった。
「よし、決めた」
「ん、どうした?」
「新居にはダブルベッドを置こう!」
「ばっ、寝る場所は別々に決まってんだろ‼」
「あれーひょっとして風太くんは、このデンジャラス美貌の七海遥様と寝てしまうとムラムラして落ち着かないのかしらあ?」
「――そ、そんなわけないだろ」
「無意識に襲っちゃったりとか不安になっちゃうのかあ、そっかそっか」
「……そんなことない」
きちんと尻すぼみになっていく風太の声に、七海は満足そうにうなずいた。
そして。
「どうかなあ?」
と言って七海は風太のいるベッドに飛び込んだ。
「な、急に何すんだお前」
「ふふ、もうこうして風太くんの匂いともお別れだと思うとね」
くんくん、と布団を嗅ぎまわる七海。どう見ても変態だ。
「何してんだよお前は。犬か」
「ええん、『俺の犬になれよ』って言うのぉ……? 風太くん……」
「んなこと言ってねえだろアホ‼」
「ああん、発情しちゃうわあ」
自分のふんだんにある胸を風太に押し付けてみる。
夜のテンションで七海は少しおかしくなっていた。
「ほ、ほんとやめろッ‼」
「わんわん! やっぱ新居はダブルベッドだわん‼」
「むしろシングルだぼけ‼」
「やっぱりこの距離感が良いのね‼ わん!」
「違うわ‼ シングル二つだ‼ あと取ってつけたように鳴き声を入れるな!」
そのあとの二人の相談によって、内見は2週間後に行われることになった。
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