贈り物にまつわるエトセトラ(2)

 剣術の授業中、いつものように自習扱いの私とロベルトは、訓練場の遠征訓練の行程について話し合っていた。


 師範代の資格を取ったので、最近はロベルトも私と同じく教える側になっている。

 根が素直なせいか指示したことはきちんと守るので、ちょっとしたことを任せるにはちょうどいい人材だ。

 あまりに喜んで言うことを聞くので、こいつそのうち怪しい壺とか買わされるんじゃないかと少々不安になるくらいである。


 準備する武具の話になったとき、以前アイザックから聞いた剣帯の話を思い出した。


「――ということらしいぞ、ロベルト」

「……知りませんでした……」


 アイザックに聞いた話をロベルトに伝えてみれば、彼は呆然とした様子で呟く。

 まぁ、予想通りだ。


「どうやって注文したらそうなるんだ」

「俺はただ、普段武具を注文している職人に『世界で一番大切な人に渡すものだ』と伝えて作らせただけなのですが」

「……は?」


 思考が一時停止してしまった。

 想像の500倍くらい誤解しか招かない表現をしていやがった。

 何をどうしたらそれでいいと思えるんだ。


「私が言えたことじゃないが……お前、もう少し言動に気を付けた方がいいと思うぞ」

「そうですね。隊長の剣になりたいのは俺の方なのに」

「…………」


 言いそうだな、と思っていたことが的中してしまった。本当に分かりやすいやつだ。


「……隊長」

「ん?」

「俺、もうすぐ誕生日なんです」

「ああ、そうか。おめでとう」


 そういえばそうだったか、と思い至った。無論今世で彼に聞いたわけではなく、前世の記憶だが。


 何やら珍しく奥歯にものが挟まったような物言いで、上目遣いでこちらににじり寄ってくるロベルト。

 その図体でやられても可愛くないのだが、所作がどうにも犬っぽいので違和感がなかった。


「その……隊長の名前が入った武具とか」

「いや、おかしいだろ。身分というものを考えろ」

「使い古しでも構いませんから!」

「どこの世界に他人のお下がりを使う王族がいるんだ」


 ロベルトが悲しそうな瞳で私を見つめてきた。そんな目で見られても私にはどうしてやることもできない。

 まぁ、出来たところでどうしてやるつもりもないのだが。


「何の話だ?」

「ああ。おかえり、アイザック」


 着替えから戻って来たらしいアイザックが、私とロベルトの会話に入って来た。

 よほど剣術の授業が嫌なのか、いつも教室に帰ってくるのが一番早い。


「この前の話、やっぱりロベルトは知らなかったぞ」

「? ……ああ、買い物に付き合ってやったときの話か」

「え」

「おい、逆だろ。記憶を改竄するな」

「え」


 ロベルトが私とアイザックの顔を交互に見る。そして、やや前のめりになって私に詰め寄って来た。


「ぎ、ギルフォードと出かけたんですか? 買い物に?」

「ん? ああ。アイザックの眼鏡を買いにね」

「ふたりで?」

「そうだけど」


 何が聞きたいのかわからず、アイザックに視線を送る。彼はふんと鼻を鳴らしただけだった。

 ロベルトは俯いたかと思えばがばっと顔を上げ、私の両肩を掴んで縋りつく。


「どうして俺も連れて行ってくださらないんですか!」

「いや、何でお前を連れて行かなきゃならないんだ」

「俺も隊長と一緒に出掛けたいです!」

「お前と一緒に出掛ける用事がない」

「そんな!」


 ショックを受けたような表情になるロベルト。


 そもそもからして、最近すっかり忘れがちだが彼も一応王族だ。ほいほい街に出掛けていい身分ではない。

 もう少し護衛の胃に優しい生活を心がけてもらいたいところである。


「だいたい、しょっちゅう訓練場で会っているだろ」

「そうですが……以前ほど来て下さらなくなりました」

「私も忙しいんだ。……今後は、もう少し頻度を増やすつもりだが」


 しょげているロベルトにそう声を掛けると、分かりやすく元気を取り戻してまたキラキラを飛ばしてくる。

 0か100しかないのか、お前は。


 まぁ、無事にルート分岐は終わったので――そして体幹を鍛え直す必要があるので――頻度を増やそうと思っていたのは事実だ。


「今週末は?」

「今週末?」


 わくわくした様子で問いかけられて、頭の中の予定帳をめくる。

 はて、何か予定を入れていた気もするが……何だったか。


 思い出そうとしているところ、アイザックが私の肩に手を置いた。


「今週末は僕とダグラスと勉強会の予定だろう」

「ああ、そうだった」


 ぽんと手を打つ。そう言えばそうだった。

 秋の中間テストがほど近い。そろそろ勉強しておかないと……あれ。

 もう攻略対象としてギャップを狙った成績を取る必要はない。ということは、さほど勉強しなくてもいいのではないか?


 そこまで考えたところで、「赤点」という単語と怒れるお父様の顔が脳裏を過ぎった。

 やはり出来るときに勉強はしておいたほうがいいだろう。

 よく知らないが、大人はみんなそう言うからな。


「お、俺もご一緒していいですか!」

「私はどうでもいいけれど」


 ちらりとアイザックの様子を窺う。彼はロベルトに向けて冷たく言い放った。


「殿下は誰かに教わる必要はないでしょう」

「? それはギルフォードの方だろう?」


 どういう意味か分かっていないらしいロベルトに、私は耳打ちする。


「アイザックはお前が頭が良いと思い込んでるんだ」

「え」

「ほら、昨年の最後の試験で、お前がアイザックに勝っただろ」

「昨年……?」


 ロベルトが首を捻る。

 しばらくうんうん唸っていたが、やがてあっけらかんと言った。


「覚えていません」

「はぁ?」

「あの頃、他のことでいっぱいいっぱいだったので……試験の成績など見ている余裕がありませんでしたし」

「何だと?」


 あーあ。逆鱗に触れたぞ。

 アイザックがロベルトに詰め寄る。


「お前、僕がどんな思いで……」

「どうどう、アイザック」


 アイザックの怒りようたるや、今にもロベルトに掴みかかるのではないかという勢いだった。

 クール系眼鏡キャラが聞いて呆れる。


 万が一取っ組み合いの喧嘩になったら、アイザックが2秒でのされる未来しか見えないので、割って入ることにする。


「だから言ったろ、まぐれじゃないかって」

「まぐれで取れる点数じゃないはずだ」

「よく分からないが、すまん。俺が何かやったのか?」

「お前、それは逆効果だろう……」


 ロベルト、「理由が分からずに謝る」と「俺、また何かやっちゃいました?」の2重の煽りをかましてきた。

 本当に空気が読めない奴である。


 逆鱗に触れられたことで煽り耐性が低くなっているアイザックのこめかみに、青筋が見えた。


「誰が入れてやるか」

「どうしてだ、ギルフォード」

「どうしてもというなら、命令してみろ。王族だろう?」

「なっ」

「ああもう、仲良くしろよ」


 口論を始めた二人に、私は面倒くさくなってきて投げやりに仲裁した。


 ゲームでは、この2人が喧嘩するようなイベントはなかった気がするが……そういえば、複数の攻略対象の好感度をバランスよく上げていくと、攻略対象同士が主人公を取り合う会話が聞けるイベント――通称三角関係イベント――はあったなと思い出した。

 「私のために争わないで」とか、女の子は皆好きだからな。


「エリ様? お二人、どうしたんですか?」

「リリア」


 丁度良いところにリリアが戻って来た。

 なるほど、もしかしたらこれがその三角関係イベントなのかもしれない。


 2人の好感度がどうなっているかとか計算していないが、アイザックはおそらく攻略対象の中では一番リリアと一緒に過ごしている時間が長いし、ロベルトはチョロい。

 あとリリアは人智を超えて顔が可愛い。そこそこ好感度が上がっていてもおかしくはない。


 よし、ここはリリアをダシにして喧嘩を止めさせよう。


「仲良くできないなら、私とリリアだけで勉強会するからな」

「僕は元から約束していただろう」

「さっきのは君の言い方も悪い」

「…………」


 言い返してきたアイザックをバッサリ切り捨てた。

 少々気の毒だが、目の前できゃんきゃんやられては煩わしくて仕方ない。

 リリアと勉強会をしたくばさっさと仲直りしてくれ。


「ちょ、ちょっと、エリ様? 戻ってきて早々わたしは何に巻き込まれているんですか?」

「リリアは私とふたりだって構わないよね?」

「ええと、それは願ったり叶ったりですけど」

「……」

「……」


 リリアの言葉に、ちらりと2人に視線を送る。

 いつまでも喧嘩していると、私が美味しいところを持って行ってしまうぞ、という視線だ。


 ……ふたりきりだとちょっとリリアがグイグイ来るかもしれないので、私の本音としては間に挟まってもらいたい。

 是非とも焚き付けられてほしいのだが。


 2人はしばらく黙っていたが、やがて互いに視線を交わす。

 逡巡ののち、アイザックが口火を切った。


「ロベルト殿下。非礼をお詫びします」

「いや。俺もすまなかった。……この際だから、言葉遣いはそのままでいい。敬語も敬称もいらない」

「それは……」

「学園では、身分は関係ない。俺もアイザックと呼ばせてもらおう」

「……分かった」


 おお。本当に仲直りした。主人公効果、恐るべしである。


 そして喧嘩する前よりも親しげな感じに落ち着いたらしい。雨降って地固まるというやつだな。知らんけど。

 うんうんと頷く私の袖を引き、リリアが小声で問いかけてきた。


「エリ様、これはいったい?」

「分からないけど。男子って喧嘩したら仲良くなるシステムを導入しているだろ。それじゃないか?」

「聞いたことないシステムが出てきた件」

「というわけで、週末の勉強会は4人ですることになったから」

「え?」


 リリアの表情が曇る。私は適当に笑って誤魔化した。

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