贈り物にまつわるエトセトラ(1)

「これと同じ物を」


 リリアが壊した眼鏡を買うため、アイザックを連れて宝飾品店にやってきたのだが、彼は店に着くなり壊れた眼鏡を取り出してこう言った。

 店員も慣れた手つきで彼の眼鏡を受け取ったが、そういうものなのか?


「新しいのを選ばないのか?」

「同じでいいだろう」

「せっかく買うんだから、違うのにしろよ」

「必要性を感じない」

「ははーん。君、同じような服ばかりクローゼットに入れているタイプだな」


 図星だったようで、彼は黙ってしまった。

 いかにもと言った感じである。機能性ばかり重視していそうだ。


 店内を見回して、太めのセルフレームの眼鏡を手に取った。


「フレーム、これなんかいいんじゃないか」

「いや、僕は」

「いいから、かけてみたまえ」


 アイザックに押し付けて試させる。普段の銀縁の眼鏡とは随分印象が変わるが、これはこれでよく似合っていた。

 いやはや、顔が良いのは得である。


 ずらりと並んだ眼鏡を眺める。これだけ種類があるのだから、いろいろと買って服に合わせて付け替えたらいいと思うのだが。

 ……というか、眼鏡の種類が豊富すぎないだろうか。中世ヨーロッパ的な世界観はどうした。


 ふと、ゲーム内のイベントを思い出した。

 ある程度まで好感度を上げていると、デート中に「プレゼントをする」という選択肢が確率で現れる。

 そこでお小遣いを使ってプレゼントをすると、攻略対象の好感度が上がるのはもちろん、2周目以降のプレイからは、ゲーム内のオプションでキャラにそのアイテムを装着させることが出来るようになるのだ。


 スチルには反映されないが、立ち絵ではプレゼントした品物を身に付けた姿が見られるという寸法である。

 そして、アイザック以外へのプレゼントの選択肢には必ず「伊達眼鏡」があった。

 そう。全員有無を言わせず眼鏡キャラにすることが出来るのだ。


 プレイしていた時は「いや、そうまでして眼鏡かけさせたいか?」と思ったのだが、この眼鏡の種類の充実っぷりからして、このゲームの製作者側に「そうまでしても」という情熱を持ったフェチの方がいただろうことは想像に難くなかった。


「君、自分の好みはないのか? フレームが太い方がいいとか、細い方がいいとか」

「……鼻あてが低いとダメだ。睫毛がレンズに当たる」

「その悩みを持っている男は初めて見たよ」


 何とも贅沢な悩みである。

 その後も店内の眼鏡をいろいろと試させたが、どれを掛けても「顔が良いな」という感想に回帰してしまう。見すぎてゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。


「……ダメだな、もとの顔が良すぎて何でもいい気がしてきた」

「だから、僕は何でもいいと言ったんだ」


 もはや鼻眼鏡だっていいんじゃないだろうか。

 そういうファッションアイテムですと言う顔をして堂々とかけていたら皆騙されるかもしれない。


 いっそ瓶底眼鏡がないか探してみたが、見つからなかった。

 この店に並んでいるような、現代日本でよく見る形の眼鏡よりも、瓶底眼鏡のほうが作るのは簡単そうに思えるのだが……さすがは乙女ゲームの世界といったところだろうか。


 まぁ、どれでも外れということはなかったので、適当に選んでおこう。

 店員を呼び、ウェリントン型のものと、スクエア型のものを指し示す。


「とりあえずこれと、これで。あと壊れたのと同じ物も1つ」

「ま、待てバートン。1つで良い」

「また壊したときに替えがないと困るだろ。私だってしょっちゅう君を担ぐのはごめんだ」

「高いぞ」

「支払いはバートン公爵家に」


 にこやかに身分証を提示して、契約書類にサインする。

 確かになかなかの金額だったが、普段一般的なご令嬢と比べて経費のかからない私がたまに高い買い物をしたくらいでは、誰も咎めないだろう。


 出来上がったときの届け先はギルフォード家にしてもらった。


「……お前、本当に公爵家の人間だったんだな」

「よく言われる」


 アイザックの冗談なのか本気なのか分からない呟きに、私は苦笑いして肩を竦める。


「ついでに買い物していくけれど、君はどうする?」

「付き合おう。僕も探したい本がある」

「それ、見えないからって私に探させる気だろ……」


 歩かせるとアイザックが馬車に撥ねられる未来しか見えなかったので、大した距離ではないが公爵家の馬車に戻ることにした。

 アイザックの本は後回しにして、目当ての店に向かうよう御者に告げる。


「何を買うんだ?」

「革製品の手入れに使うクリームかオイルが欲しくて」

「使用人に頼めばいいだろう」

「ものが剣帯なんだ。命を預けるものだから、自分でやりたい」

「そういうものか」

「そういう心持ちで練習してないから、うまくならないんだ」


 私がそう答えると、アイザックはふんと鼻を鳴らして窓の外に視線を逃がした。


 革製品を扱う店に着いたので、持ってきていた剣帯を取り出して店員に見せる。


 店員は革の色や種類を確認していたが、裏側を見た途端さっと顔色を変えて、慌てた様子で店の奥に引っ込んでいった。

 首を捻っていると、アイザックが私に向かって怪訝そうな顔をする。


「お前、その剣帯……誰に貰った?」

「ん? ロベルトだけど……あれ、貰い物だってよく分かったな」

「ちょっと貸せ」


 剣帯を渡すと、アイザックはそれを顔に近づけて確認し、裏返した。

 裏側には王家の印と、ロベルトの名前が刻印されている。


 ん?

 妙だな。プレゼントなら、普通は私の名前を入れるべきじゃないだろうか。


「……お前。これの意味が分かって使っているのか?」

「意味?」

「ロベルト殿下の紋章と名前入りだぞ。つまりお前は『ロベルト殿下の所有物』だ」

「……は?」


 思わず素で聞き返してしまった。私の様子を見て、アイザックはやれやれとため息をつく。


「やはり分かっていなかったのか」

「いや、私がどうというより、ロベルトにそんなつもりはないと思うぞ」

「さすがに王族だ、そんなはずは……」

「王太子殿下ならともかく……ロベルトだぞ?」

「…………」


 アイザックも黙ってしまった。

 彼もロベルトならやりかねない、と思っているらしい。

 「何でも言うことを聞きます券」を渡してくる王族である。知らずにやっていると思った方が自然だろう。


「王族や高位の貴族が騎士に家紋と名前の入った武具を与えるのは、その相手を自分の騎士だと他者に示すためだ。力を認めた騎士を自分の専属として、一部権限を委譲したり、他から引き抜かれないようにする効果がある。つまりお前は今、ロベルト殿下の剣というわけだ」

「うーん。聞けば聞くほど、あいつは知らずにやっている気がするな」


 逆ならありそうだが。「俺は隊長の剣です!」とか、ものすごく言いそうである。

 あんなにデカくて嵩張る剣はお断りだ。


 前々から思っていたが、貴族社会は謎の決まりごとが多すぎる。

 私が知っている贈り物関連の決まりごとといえば、「男性が女性にドレスを贈るのは求愛」、「見舞いの品に鉢植えはNG」、「見舞いの品に刃物もNG」とか、そんな程度だが、他にもいろいろあるらしい。

 いや、鉢植えは前世の話だったか。


 贈り物に限らず「ドレスがきつい」が誘いの言葉だったり、白手袋を投げたら決闘だったりと、一見関係のなさそうな言動がまったく別の物を表していることもある。

 非常に回りくどくて、難解だ。


 日本人でそんなものを理解できるとすれば京都の人くらいではないか。

 残念ながら、私はお茶漬けを出されたらありがたくご相伴に預かってしまうタイプだ。


「今すぐ変えろ」

「もったいないだろ。せっかく革が馴染んでいい感じになってきたのに。裏側だから見えないし、いいだろう」

「……僕が新しい物を見繕ってやる」

「じゃ、今度は私は君の所有物になるわけだ」


 軽口を叩けば、アイザックが何とも言えない顔でこちらを見た。

 その顔に、思わず噴き出す。


「何だ、その顔」

「……笑えない冗談はやめろ」

「悪い悪い、そんな顔するとは思わなくて」


 私が笑いを噛み殺していると、アイザックは不満げにふんと鼻を鳴らした。

 そして手元の剣帯に視線を移し、ぽつりと呟く。


「お前、貰った物を律儀に使っているんだな」

「物に罪はないだろ。いい品物も多いしね」

「僕が贈っても使うか?」


 彼の言葉に、私は首を捻る。

 誰から貰ったって、物は物だ。使えるかどうかは物次第だろう。


「物によるな。実用品ならありがたく使うよ。タイとかなら嬉しい」

「は!?」

「嵩張らないし、雰囲気を変えたいときには種類がいくらあっても困らないからね。それでいうならポケットチーフとかもそうか」

「……お前、意味が分かっていないな?」

「意味?」


 はて。またこれも、何か貴族社会的には意味がある、というものだろうか。

 いろいろと勉強してきたつもりだが、その辺りはあまり熱心に調べたりしていない。

 何故かと言うと、攻略対象というのは基本的に「もらう側」だからだ。


 それにしたってタイなんか、最も一般的で当たり障りのない贈り物に思えるのだが。


「お前がよく貰う贈り物は?」

「ご令嬢からは、よくタイやタイピンを貰うかな。あと刺繍入りのハンカチとか。珍しいところだと懐中時計ももらったことがある」

「…………」

「なんだよ、その顔は」


 贈り物の例を挙げるたびに彼の顔が曇っていき、最終的にアイザックは何やらじとっとした目で私を睨んでいた。


「お前の家族か、使用人にでも聞くといい」

「君が教えてくれればいいだろ」

「教えてもいいが、僕にタイをねだったことを後悔するぞ」

「……え? そんなに悪い意味なのか?」


 アイザックがあまりに勿体ぶるので、これはかなり悪い意味なのではないかという気がしてきた。


 首に括るものだし、「絞め殺すぞ」とかいう意味だったら物騒すぎる。

 正直ご令嬢の気持ちを弄んでいる自覚はまぁまぁあるので、恨みを買っていてもおかしくはない。


「……覚えていたら後で誰かに聞いてみる」

「その方がいい」


 彼にはそう言ったものの、私は決して聞くまいと心に誓った。

 知らない方が良いことも、世の中にはあるのだ。知らない方が幸せなことも、である。


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