第159話 無理でも無茶でも何でもないさ
ヨウの顔の横に突き刺した剣を抜く。
気絶した彼を見下ろして、ふぅとため息をついた。さすが攻略対象、気絶しても白目を剥いたりしないらしい。まるで眠っているかのような美しい様相だ。
両手で顔を覆っていたリリアが指の隙間からこちらを見て、おずおずと問いかける。
「……こ、殺さない、んですね……?」
「私にだって相手を選ぶ権利があるよ」
軽口で応じて、剣を払って鞘に仕舞う。
「CER○Bらしいしね」
ヨウの身体を担ぎ上げる。意識がないようなので、お米様抱っこでよかろう。
そのままリリアに近寄って、彼女を小脇に抱えようとした。
「あ、あの。エリ様」
「何? 運び方に文句でも?」
「大アリです。お姫様抱っことは言いませんが、せめておんぶになりません?」
運ばれる側が文句を言い出した。今はそんな問答をしている時間はないのだが。
「背負うのは家族だけと決めているんだ」
「どうしてですか?」
食い下がられて、私はリリアの瞳から視線を逸らす。
「……密着するのが恥ずかしいからだよ」
「恥ずかしいの線引きがおかしくないですか!?」
「分かった。間を取って人形抱きで行こう。君がしっかり掴まっていれば落ちないだろう」
「絶対そっちの方が恥ずかしいと思うんですけど!?」
黙殺して、リリアを腕に座らせるようにして持ち上げる。リリアが慌てて私の首にかじりついてきた。
だんだんと部屋の温度が上がってきた。立っているだけでも汗が出そうだ。
ぶち破って来た壁の向こうで、ごうと炎が巻き上がっているのが見えた。
「やれやれ。こんなに危険だと分かっていたら、来なかったよ」
「……でも、エリ様は来てくれました」
リリアがぽつりと呟いた。私の首にぎゅっとしがみついて、目を伏せている。瞳に涙が滲んでいた。
「わたしはそれが嬉しいんです」
「余程私を善人にしたいらしい」
「だってエリ様は、わたしの王子様ですから」
「攻略対象冥利に尽きるね、どうも」
涙目で微笑むリリアに、私は苦笑いで応じた。嬉し泣きでも何でも、泣かれるとやりづらい。
さっさと脱出しようと、窓を蹴破る。古びた屋敷の周囲にも燃え広がっているようで、辺り一面火の海だ。
「え、エリ様……」
不安げな様子でリリアが身を寄せてきた。
「こ、これは、まずく、ないですか? さすがのエリ様でも、無理ですよ……」
「まったく、何を心配しているやら」
彼女の琥珀色の瞳を見つめる。いつもよりずいぶん近くに顔があるのが、少しおかしかった。
ふっと笑った私を、リリアが揺れる瞳で見つめ返した。
自分が攻略した相手のことを信じないなんて……困った主人公だ。
「どれだけの無理を押して、私が今日まで生きてきたと思っているの?」
こつん、とリリアの額に自分の額をぶつける。リリアの頬がぽっと赤く染まった。
両手が塞がっているので、仕方ない。
「この程度、無理でも無茶でも何でもないさ」
私はぽんと壊れた窓枠を蹴って、跳躍した。崩れかけた屋敷の柱に着地する。
そこから、ぽんぽんと炎に巻かれない小高い場所を選んで飛び移っていく。
「ほらね」
腕の中で呆然としているリリアに、私は笑いかけた。
「私が命の危険を感じていたら、君のことを助けるわけがないだろう。一人で逃げているよ」
「ソウ、デスネ」
何故かリリアが片言になってしまった。ヨウと何か喋っていたようだったので、移ってしまったのだろうか。
リリアよりもずいぶんと重たいヨウを抱え直して、私は再度跳躍した。
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