第158話 『初めて』を捨ててしまうのも悪くない

 片っ端から壁を壊していたところ、割と序盤でリリアとヨウの姿を発見した。

 途中爆発に巻き込まれたときに頭を切ってしまったらしく、血で右側の視界が悪い。

 分かりにくいところに隠れていたら探すのに難儀するところだったので、助かった。


「な、何故ここに!?」

「どうしてって、招待状をくれたからね」


 驚いた表情でこちらを見るヨウと目が合った。

 尻ポケットから封筒を取り出して見せる。爆発に巻き込まれたのでだいぶ煤けてしまっていた。


「待ちきれなくて。早く着きすぎてしまったよ」

「早すぎマス!」


 まぁそれはそうか、と思った。廃屋――というより古い屋敷と言った感じだが――の中に、人が少なかった。

 明日私を迎え撃つつもりでまだ準備が整っていなかったのだろう。

 それにしたって、この手薄さはいかがなものかと思うくらいに歯応えがなかったが。


「しかも本当に一人で来たのデスか!?」

「そうだけど」

「自分が狙われていると分かっていてなお……そこまでこの女が大切なのデスか!?」

「大切だとも」


 あれ。どうも私が主な狙いだったらしい。てっきりリリアのついでかと思っていたのだが……とりあえず最初から分かっていたようなフリをしておくことにした。


「リリアは私の妹みたいなものだからね」

「ほら、この人最低なんです。いるでしょ、こういう人。散々期待させておいてこの言い草なんですよ」

「悪かったって」


 何故か最低なやつとして紹介されてしまった。

 おかしいな。私、結構危険な目に遭ってここに来たのだが、どうして私が謝る羽目になっているんだろう。


 ヨウの元から離れたリリアが、私の背後に隠れた。

 剣を片手に彼女を見下ろすと、口ではそう言いながらもどこかほっとしたような顔をしている。ぽんと彼女の頭を撫でてやった。


 どーんと背後で爆発音が聞こえる。リリアとヨウが揃って後ろを向いた。


「話してる場合じゃなかった。火薬庫が爆発して火事になってるんだ。早く逃げなくちゃ」

「か、火薬庫が!?」

「焼き討ちってこんな感じなのかな。興味があったんだ、悪役として」

「そんなことに興味を持たないでください」

「私が焼いたわけじゃない、彼らが自分で火薬庫に弾を当てたんだ」


 私が肩を竦めると、ヨウが膝から崩れ落ちたのが見えた。

 この世界では火薬も銃火器も貴重品だ。ずいぶんたくさん貯め込んでいたようなので、すべて焼けてしまったとなれば損害は計り知れないだろう。


「さすがに至近距離で爆発が起きたときは『あ、これは死ぬかな』と思ったけど」

「何で無事なんですか????」

「ダメ元で思いっきり地面を殴ったら穴が開いて、地下の貯水槽に落ちた」


 リリアが絶句していた。単に運がよかっただけで、下手したら普通に死んでいるところだ。

 もうこんなことは勘弁してもらいたい。


「さぁ、早く逃げよう」

「ま、待て!」


 振り向くと、ヨウがこちらに銃を向けていた。

 その顔に、いつもの微笑みはない。髪を振り乱して、こちらを睨んでいた。


「このまま逃がすと思いマスか!? よくも、ワタシの計画を……許しまセン! せめてその首を祖国への土産に――」


 一足飛びに距離を詰め、銃を持った手を蹴り上げた。ヨウは、引き金を引かなかった。

 吹っ飛んだ銃が遠くの地面に落ちる。首元に剣を突きつける私を、尻餅をついたヨウがぽかんとした顔で見上げていた。


 こんなことが以前もあったな、と思い出した。違うのは、私の手にあるのが真剣だということだ。

 まぁ、私は真剣でなくとも彼の首くらい斬れるのだが、彼はそれを知らないはずだ。


「エ、エリザベス……」


 散々そうしてきたように、彼が私の名前を呼ぶ。その顔は笑顔を作ろうとして、引き攣っていた。

 彼を見下ろして、私はにっこり笑って告げる。


「私、こう見えて小悪党だから。まだ人を殺めたことがないんだ。ここはほら、あんまり殺生とかない、やさしい国で、やさしい世界だから」


 見開かれた彼の瞳に、私が映る。にやにやと口角を上げているが、目が笑っていなかった。

 彼と同じ、嘘吐きの目だ。……そして、悪役の顔だった。


「でも、経験しておかないといざというとき、剣が鈍ってしまうんじゃないかと思ってね。ほら、よく言うだろう。いざその場になったら、手が震えるとか、引き金が引けないとか」


 ヨウは、引き金を引かなかった。私の動きを読めなかったのかもしれないし――もしかしたら彼は「いざというとき」に、引き金が引けなかったのかもしれない。


「それだと困るだろう? だから、一度経験しておきたいと思っていたんだ」


 目の前のヨウの顔色が、さっと青ざめる。じりじりと壁際まで後ずさりしていった。


 こちらは死ぬ思いをしたのだ。彼は私とリリアを殺そうとしたのだ。自分だけ無事でいようなどと、虫のいい話があるものか。

 自分を殺そうとした相手をわざわざ見逃してやるほど、私はやさしくはない。


「今ここで、『初めて』を捨ててしまうのも悪くない」


 私は剣を振り下ろした。

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