第160話 友情エンドらしい「真実の愛」

「ここまで来ればとりあえず、火事に巻き込まれる心配はないかな」


 廃屋から距離少し離れたところで、リリアとヨウを地面に降ろす。

 さすがに2人抱えて綱渡りじみたことをしたので肩が凝った。

 落ちてはいけないと思うと妙な緊張感がある。気分はSAS○KEだ。


 胡乱げな瞳でこちらを見上げていたリリアが、口を開く。


「……エリ様って、不死身なのでは?」

「失礼だな、私だって死ぬときは死ぬよ」

「たとえば」

「たとえば…………老衰とかで」

「天寿を全うする気じゃないですか」


 ツッコミが飛んできた。元気そうで何よりだ。


「それよりこれ、聖女の祈りで止血だけでもできないかな。血が止まってないみたいで……このまま帰ったら家族にバレてしまう」

「血止まってなかったんですか!?」

「うん、すごく視界の邪魔だった」


 リリアが呆れた顔をして私に近づいてきた。頭に手をかざそうとしたので、屈んでやる。

 瞬間、リリアの身体がぱっと発光した。


「え?」


 2人で同時に声を上げてしまった。

 頭に手をやると、あったはずの真新しい切り傷が綺麗さっぱりなくなっている。

 結構ざっくりと切れていたはずなのだが。他にも、顔や手足の細かい擦り傷や痣などがすべて無くなっていた。


「リリア、それ……」

「だ、大聖女の、力……ですね……」


 主人公ヒロインの身体が光るスチルには見覚えがあった。どれも、大恋愛ルートで大聖女の力に目覚めた時のものだったはずだ。


 リリアが自分の手のひらを見つめる。感覚を確かめるように、軽く握ったり開いたりを繰り返していた。


「最近、力が強まっている感じは、していたんです。でも、それを使いこなせていなくて……このくらいなら、治せるはずなのに、変だなって、思っていて」


 以前聞いた時には、ちょっとした擦り傷か、せいぜいたんこぶくらいが関の山だと言っていた。

 今回の私の怪我はおそらくそれよりもひどかったはずで、だから私も止血程度しか期待していなかったのだが。


「でも、今自然と、その感覚が分かったんです」

「突然、分かるものなのかな。ゲームでは、『真実の愛』が必要って話だったけど」

「わたし……今日、エリ様のこと、信じてたんです。絶対、来てくれるって」


 彼女の言葉に、私はなるほどなと手を打った。親愛度ではなくて、信頼度というわけだ。

 友情エンドらしい「真実の愛」の形じゃないか。


「王子様を信じる真の心、これを愛と言わずして何というのでしょう!」

「はい?」

「助けてほしいから信じたわけじゃないんです。そんなことは関係なくて、わたしが信じたいから信じたんです。あのとき、羆からわたしを守ってくれたエリ様を……嘘になんかしたくないから。愛がほしいから愛するんじゃないんです。自分が愛したいから愛する、自分が信じたいから信じる。見返りを求めるんじゃなく、一方的に押しつけがましいほどに抱くのが、真実の愛!」

「…………」


 何だろう。絶対違う。絶対に違うことが私にも分かる。

 押しつけがましい愛が真実の愛でたまるか。

 恋は一人、愛は二人じゃないのか。


「エリ様、わたし、見つけました! 真実の愛!」


 拳をぎゅっと握りしめるリリアに、何から説明したものかと眉間を押さえたところで、彼女の背後でどーんと爆風が巻き起こった。

 ここまで火の粉が飛んでくる勢いの爆発が起き、わずかに形を保っていた廃屋が完全に炎に包まれる。


 身の危険がない状態でその現実離れした風景を見ていると、何となくテレビでも見ているような気分になる。

 胸を過ぎった懐かしい気持ちに、ふと気づいた。


「あー……そうか。もうすぐ年越しだもんね」

「え?」

「ほら、爆発を見るとこう……ああ、年が変わるなって感じがするだろ?」

「え?」

「え?」


 リリアが聞き返すものだから、私も聞き返してしまった。

 とぼけているのかと思いきや、どうやら本当に分かっていないようで、背景に宇宙を背負った猫の顔で私と炎を交互に見ている。


「爆発で、年越し? え?」

「あ、分かった。見ていた番組が違うんだ」


 話がかみ合わない理由に思い至った。リリアはきっと歌番組派だったに違いない。

 しかしリリアは怪訝そうな顔を止めてくれなかった。


「番組とかの範疇ですか? その感想。え? エリ様ほんとにわたしと同じ文化圏から転生してきてます? 紛争地帯とかではなく?」

「失礼だな、爆発に風流を感じたぐらいで」

「感じないでください!」


「エリザベス様!」


 リリアが声を上げたところで、聞き慣れた声が私を呼んだ。覚えのある気配に、振り返る。

 予想通り、そこにいたのは近衛師団の制服を身に付けた男だった。


「マーティ? 君、どうしてここに」

「……殿下の命令で貴女を尾行していました」

「最近の妙な気配は君か!」


 私は得心した。近衛師団の若きエースである彼の実力であれば、私の尾行を任せられたとしても不思議はない。

 それと同時に彼の成長に目を瞠る。しょっちゅう気配の読み合いをしている仲だが、彼だとは気づかなかった。

 まさか私にも気取られないほどに気配を殺せるとは。


 感心している私を他所に、彼は眉間の皺を深くする。


「肝心な時に、撒かれましたが」

「言ってくれれば撒かなかったのに」

「どこに尾行対象に尾行をバラす奴がいますか」

「え、エリ様、その方は?」


 リリアが控えめに私の袖を引く。そういえば、リリアは彼とは面識がなかったかもしれない。


「友達。近衛騎士のマーティンだ」

「こ、近衛騎士!?」

「そう。王太子殿下付きで、殿下の用事で時々私を呼びつけに来る」

「エドワード殿下の、用事……」


 呟きながら、リリアが私の腕にぎゅっとしがみついてきた。胸を当てるのをやめてもらいたい。


「マーティン。彼女はリリア。私の学園での友達で、聖女で――まぁ、妹みたいなものかな」

「また妹って言った!」


 リリアが不満げに頬を膨らませた。私は軽く肩を竦めて流す。

 見た目も幼く見えるし、前世を加算した精神年齢を鑑みても私より若い気がしてしまうのだから、仕方ない。


 私の顔を見上げていたリリアが、ふっと息をつき、そしてその唇に笑みを刻む。


「わたし、良いこと思いつきました」


 何だろう。すごく、悪い顔をしている気がするのだが。


「二度と妹みたい、だなんて言わせない方法」

「……リリア?」


 悪い予感がして、リリアに呼びかける。彼女は笑っていた。

 ぞっとするほど美しい、妖艶とも言えるような笑顔だった。


「私がお義姉さんになればいいんですね」

「ヒッ」


 血の気が引いた。何て恐ろしいことを。


「バートン伯爵、素敵な方だとエリ様はじめいろんな方から聞きますし、わたしぽっちゃりくらいなら全然アリです。何よりエリ様のお兄様ですもの。わたし、きっと愛せます」

「や、やめろ! お兄様に手を出すな!」

「人聞きの悪いことを言わないでください」

「お兄様には幸せな結婚をしてほしいんだ、頼むよ」

「わたしと一緒では幸せになれないとでも言いたげですね?」


 私はぐっと押し黙る。彼女は主人公ヒロインだ。彼女と結ばれる者には幸せが約束される。ここはそういう世界だ。

 ずっとそれをよすがにしてきた私に、それを否定することはできない。


「わたし、エリ様よりもしっかりとした前世の記憶がありますから。この世界にはないものの作り方も知っています。これまではそれを再現するお金も技術もなかったけど……公爵夫人になればできそうなこともたくさんあります。きっとエリ様のお家にも利益のあることですよ」


 目を細めて、愛おしそうに私を見て、にんまりと唇で弧を描く。

 また背中を冷や汗が伝うのを感じた。どうしようもなく、身の危険を感じる。爆発なんて可愛いものだった。

 これでは聖女ではなく、まるで悪役令嬢だ。


「それにエリ様がお嫁に行かなければ、ずっと一緒にいられますし」

「本音はそっちじゃないか!」

「家族になるんだし、もう実質結婚では?」

「すぐに実質結婚とか言い出すの、オタクの悪いところだよ!」


 ほとんど悲鳴のように叫んでしまった。

 実質無料は無料ではないし、実質結婚は結婚ではない。


「……エリ様、ほんとうにお兄様が大切なんですね。そんなに慌てているの、初めて見ました」

「大切だよ、大切だとも。たった1人の兄なんだから」


 意外そうに呟くリリアに、私は頷いた。


「お兄様には、ちゃんとお兄様のことを打算とか政略でなく大切にして愛してくれる、美しくて賢くて身分も釣り合いが取れるくらいに高くて優しく思いやりがありお兄様に寄り添い三歩下がって着いてきながらもいざというときには支えて家を守れる強さを持っていて、年齢18歳から25歳くらいまでの健康で働き者でヒールを履いてもお兄様を超えないくらいの身長で時折見せる笑顔が少女のような愛らしさのある、貞淑で清楚で花のように可憐で身分を鼻にかけず領民を心から愛し使用人にも分け隔てなく接し義両親とも私やクリストファーともうまくやれて、私がちょっと色目を使ったくらいでは靡かず、ダンスが上手でドレスが似合って社交性があり話術が巧みでありながら他人の悪口を言わず、ご飯をおいしそうに食べて甘いお菓子が好きでお酒も少々嗜まれて時々冗談を言ったりもするけれど基本的に理知的で論理的に物事を俯瞰して見る目を持っていて、膨大な知識量と経験に基づく判断をすることのできる自立した女性でないと」

「……バートン伯が未だに婚約すら出来ていない理由を垣間見た気がします」


 貴族社会の七不思議を解いてしまった、とリリアは呟いた。


 リリアが一歩引いてくれたところで、マーティンに向き直る。

 これだけの火災だ、すぐに彼以外の騎士や役人がやってくるだろう。


 攫われていたリリアはともかく、私はここにいることが見つかるのはまずい。

 どうまずいかというと、また危険なことに首を突っ込んでいたとバレたら死ぬほど怒られるのだ。


 幸い傷は治った。服は適当にその辺で捨ててシャワーを浴びれば、今ならまだ誤魔化せる。


「マーティ、こいつ今回の主犯格なんだけど。騎士団に持って帰ってもらえるかな? 私今すぐ帰るから、ここにはいなかったということで」

「…………」

「マーティ?」


 返事がないので、彼に視線を向ける。

 目をハートにしてリリアを見ていた。


 そうか。彼はモブだった。魅了に当てられてもおかしくはない。

 「リリアたんしゅきしゅき!」と叫び出す彼を思い浮かべ、「ご愁傷様です」という気分になった。


 尾行対象に撒かれた挙句、魅了に掛かって取り乱して任務を放り出すとか……下手をしたらクビである。

 私が上司ならそうするし、私が彼だったら舌を噛んで死ぬかもしれない。いや死にはしないだろうが、気分的に。


 彼の視線を感じたのか、リリアが怯えた表情で身を縮めていた。

 男が苦手なリリアからしても、背が高くて男らしい体つきのマーティンはどう考えても恐怖の対象だ。


 彼が何かする前に、後ろに回って絞め落とした。リリアに意識を持って行かれているので、とても簡単だった。

 彼の尊厳を守ったとも言えるので、感謝してもらいたいところだ。後日飯でも奢ってもらおう。


 どさりと地面に倒れた彼を見下ろす。そして未だ意識を取り戻していないヨウも見た。

 肩を落として、ため息をつく。


 これ、置いて帰っていいだろうか。

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