第156話 女の子を待たせるようでは、モテない
「旦那、旦那」
「んぐ」
洗面所で歯を磨いていると、窓を叩く音がした。
窓を開けると、リリアの見張りにつけていたはずの男がそこにいた。器用に窓枠にしがみついている。
「嬢ちゃんが連れていかれました」
「早いよ」
思わず本音が漏れてしまった。リリアに見張りを付けたのはほんの一週間くらい前の話だ。
展開が早すぎないだろうか。いや、確かに乙女ゲーム的には2月3月はほとんどないようなものなので、1月で風呂敷を畳まないといけないのだろうが。
そもそも友情エンドの枠組みからずいぶん外れているような気がする。
ヨウが転入して来たのもそうだし、主人公であるリリアが攫われるなどという大きなイベントが起きるようなストーリー展開ではないはずだ。
「で? リリアを守るでもなく逃げて来たわけだ」
「そりゃそうでさぁ。命あっての物種ですから」
まぁ、もとよりこの男に戦闘要員としての働きは期待していない。
しかしタイミングが悪かった。こちらは夕飯も終えてシャワーも済ませて、さてこれから部屋で日課の筋トレに励んで寝ようかと思っていたところだ。
「明日じゃダメなやつか?」
「いいかもしれませんが、今日をおすすめしますぜ」
男が懐から手紙を取り出した。受け取って裏返すが、宛名も差出人の名前もない。
封はされていなかった。便箋を取り出すと、雑な字で短い文章が書かれている。
中には宛名が書いてあった。私宛だ。内容は「リリアを返してほしければ、午後9時に一人で王都の外れの廃屋に来い」というものだ。
やれやれ。どうやらこの手紙の主も、私のことをその身を犠牲にしてでもリリアを助けに行くような人間だと思っているらしい。
買いかぶりも甚だしい。
「これが嬢ちゃんの部屋に」
「なるほど」
時計を確認する。現在すでに午後10時を回っている。
事が起きてからこの男が大急ぎでここにすっ飛んで来ただろうことを考えると、手紙の主が今日ではなく明日の午後9時を想定して書いたことは明らかだ。
本来、明日の朝あたりに男爵家の人間がリリアの不在に気づき、この手紙を持って我が家にやってくる……というような筋書きでここに届くはずだったのだろう。
こんなに早く私の手元に届くのは、手紙の主にも予想外のはずだ。
準備が十分でないところを狙った方が、有利に物事を進めやすい。
だいたい、この男が寝返らずにここに来るくらいだ。たいした敵でもないのだろう。
「待ち合わせが明日なら……早めに行かないといけないな」
私がにやりと笑うと、男がすっと気配を消した。彼の仕事はここまでということだ。
女の子を待たせるようでは、モテない。待ち合わせには早く着きすぎるくらいでちょうどいい。
そう、今から出るくらいで。
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