第155話 交渉は決裂のようだ

「エリザベス! おはようございマス、愛しい人!」

「おはよう、ヨウ」

「今日もお美しいデスね、まるで絵画から抜け出たようデス!」

「ありがとう」


 私は悟った。下手に騒ぐからいけないのだと。相手にするから調子に乗るのだと。

 平常心である。全部さらっと流してしまえばいい。


「……エリザベス!」


 思いっきりハグされた。ぶっ飛ばすぞ。

 いや、落ち着け。平常心である。


 ヨウは私をぎゅうぎゅう締め上げながら、機嫌よくその場で一回転した。

 私は女子にしては重たい方……というか男性並みだと思うのだが、意外と力がある。


「やっとワタシの気持ちを受け入れてくれたのデスね!」

「そういうわけではないけれど」

「嬉しいデス、愛しい愛しいワタシの天使……」


 瞳を眇めて見つめられ、するりと頬を撫でられた瞬間、背筋をぞわぞわと寒気が走った。

 あ、無理だ、これ。何ていうか、生理的に。


 腕を掴んで、頬から手を離させる。抱きつかれているせいですぐそばにある彼の耳に、周囲に聞こえないよう囁いた。


「おい、お前の目的は何だ?」

「ン? 目的?」

「私に近づいて、何を狙っている?」

「ワタシは、アナタのことを愛して……」

「そうじゃなくて」


 彼の目を見る。にやりと口角を上げて笑顔を作ると、すっと彼の顔から愛おしげな表情が消えた。

 開いた黒々とした目が、私を捉える。


「目的があるんだろう? 君は聖女のことを探りに来たんじゃないのか?」

「何を言って……」

「場合によっては、協力できるかもしれない」

「え?」


 私の言葉に、彼が驚いたような顔をする。そういった顔をしていたほうが、よほどマシだ。

 好意を取り繕った顔をされるのはどうにも薄気味悪い。


「私は別に愛国心が強い方じゃない。国より自分が大切だし、名誉よりも富や権威に興味がある。君に協力する方が私の得になるのであれば……私はそれを選択するかもしれない」

「…………」


 しばらく黙っていた彼が、腕を解いて私を解放した。その顔には、薄気味悪い笑顔が貼りついている。


「何を言っているのデスか、エリザベス。ワタシはアナタを愛している。それだけデスよ」

「そうか。それは残念だ」


 私は肩を竦めた。交渉は決裂のようだ。

 うまいこと情報を聞き出せないかと思ったのだが……やはり私には、謀略知略は向いていない。ぶん殴って解決するほうがずっといい。

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