第140話 私の気が済むまで、な

「エリザベス! ワタシと試合してくだサイ!」


 訓練場につくなり、先に待っていたらしいヨウが飛びついてきた。

 そういえば訓練場の話をしたら、来たいとか言っていたなぁと思い出す。大方ロベルトあたりに着いて来たのだろう。


 さっと躱して、教官控え室に入ってコートを脱ぎにかかる。寒くなったので、家から騎士団の制服を着て通っている。

 上からコートを着てしまえばバレないからな。


 ロベルトがいつの間にやら控えていて、私のコートを受け取ってハンガーに掛けた。

 そして鞄も受け取って、皆が荷物を置いている机の上に運ぶ。


 王族のはずなのに、どんどん鞄持ちが板についてきている気がするのは何故だろう。育て方を間違えた気がする。

 私が育てたわけではないが。


「すみません。出掛けに見つかってしまい……着いてくるなと言ったのですが」

「いい。いつかはこうなっただろうからな」


 模造剣を装備する。ドアを開けて外に出ると、ドアのすぐ前で待っていたヨウが駆け寄って来た。

 ロベルトも犬だがこいつも犬だな。いや、顔はどちらかというと、狐か。


「エリザベス!」

「ああ、試合だっけ?」

「ロベルトから、アナタはとても強いと聞きましタ! ワタシと試合、してくだサイ!」

「……構わないが」


 まとわりついてくるヨウを剥がしながら歩く。私の返事に、彼はぱっと顔を輝かせた。


「お勧めはしない」

「では……ワタシが勝ったら、ワタシと結婚してくだサイ」

「なっ」

「いいぞ」

「た、隊長!?」


 後ろからロベルトが駆け寄って来た。飛び出していこうとする彼を、広げた腕で制する。

 ちらりと横目に確認すると、妙に心配そうな顔をしていた。何故だろう。

 まさか私が、負けるとでも思っているのだろうか。

 それは少々……心外だ。


 ロベルトに視線を送りながら、私は位置についた。肩の力を抜き、剣を構える。


「まぁ、見ていろ。私はこれでもずいぶん我慢しているんだ。そろそろ鬱憤を晴らしたって良いだろう」

「え」


 ロベルトが、不思議そうな顔で私の背中を見送った。

 グリード教官の合図で、模擬試合が始まる。


「え?」


 0.02秒で伸した。

 地面に倒れ首元に剣の切っ先を突きつけられたヨウは、しばらくぽかんとして空を眺めていたが、おそるおそると言った様子でこちらに視線を向ける。


「で?」


 彼を見下ろし、鼻で笑う。


「お前が勝ったら、何だって?」


 剣を払い、鞘にしまう。模造剣だし、残念ながら切り捨てご免というわけにも行かないので、この動作は不要なのだが。


「な、何かの間違いデス! もう一回!」


 起き上がって再び剣を構えるヨウ。先ほどまでとは立ち姿からして違っていた。

 こちらを格上と見て、気を引き締めたらしい。


 私は特に剣を構えもせず、人差し指で宙を引っかいて挑発しながら、にやりと口角を上げた。


「いいぞ、気が済むまでかかってこい」


 そう。私の気が済むまで、な。


 そこから、私は日頃の鬱憤をぶつけにぶつけた。

 周りの候補生と教官たちが引くレベルの大人気なさだった。


「ほら立て、もう終わりか?」

「だ、だめデス、エリザベス、もう限界……」

「限界は決めるものじゃない! 超えるものだ!」

「し、死んでしまいマ~ス!!」

「ふん。情けないぞ、軟弱者めが!」

「隊長、隊長!」

「ん」


 いつの間にかすぐ隣に来ていたロベルトに、腕を引かれる。

 はたと我に返った。

 このまま止められなければ悪役らしく高笑いしているところだった。


 いかん。教官という立場上、特定の人間ばかり扱いていたらパワハラになってしまう。


「悪い。つい私怨が」

「楽しそう……ですね」

「否定はしない」


 清々した気分だ。

 これに懲りて今後近寄らないでいてくれたら万々歳なのだが。


 途中何度か手を抜いてヨウの動きを見てみたが、スパイという設定も納得の良い動きだった。

 身のこなしは軽いし、スピードも目を見張るものがある。気配を殺してこちらが読めないような攻撃を仕掛けてくるのも上手い。


 訓練場で受けるような騎士同士の戦闘経験しかない者にとっては、手ごわい相手となるだろう。

 ゲームでも、ロベルトが彼に負けるイベントがあったくらいだ。


 だが……似たような得意分野を持つ近衛師団のエースとしょっちゅうじゃれあっている私からすれば、やりやすい相手だった。


 十分目で追えるし、気配の消し方だってまだ甘い。捕まえてしまえば、容易く力押しで勝てる。

 おそらく今のロベルトであれば、遅れを取ることはない。その程度の力量だった。


「隊長」

「うん?」

「俺とも一戦、お願いします!」

「ああ、いいぞ」


 向かい合って立つ。

 開始の合図は、ヨウとの立ち合いでは途中から合図を出すのを放棄していたグリード教官が出してくれた。


 ロベルトと剣を交わす。数ヶ月前の剣術大会より、剣の重みが増しているような気がした。

 だが、今日はエキシビションではない。観客を意識する必要はないだろう。


 ということで、5秒で伸した。


「まだ、手も足も出ませんね」

「10年早い」


 手を差し出してやると、ロベルトは私の手を取って立ち上がった。


 間近で見上げると、また一回り大きくなった気がする。身長も、ガタイも。

 握った手のひらも私よりも大きい。豆が潰れて硬くなった、騎士の手だ。


「10年」

「ん?」


 貸してやった手を、両手で握りこまれた。


「10年経ったら、追いつけますか?」

「いや、それは言葉の綾というか、慣用句というか」

「前は百年早いとおっしゃいました。そのときより、俺は近づいているということでしょうか?」

「えーと。たぶん、そうだな。成長してるんじゃないか、お前は」


 はて。そんなことを言っただろうか。まったく記憶にない。

 どちらにしろ、ただのよくある表現だと思うのだが。


 ロベルトは真剣な、どこか縋るような目で、私を見る。


「俺が追いつくまで……待って、いてくれますか?」


 何を?

 思わず首を傾げたところで、ヨウがロベルトと私の間に割って入って来た。


「ノー! 握手が長いデス!」

「いや、お前が言うのか?」


 ことあるごとに手を握ったりハグを求めてくるやつに、そんなことを気にする神経があるとは思わなかった。

 だとしたら、他人に口出しする前にまず己の所業を省みてもらいたいものだ。

 呆れた目で彼を見ていると、彼は不機嫌そうに私とロベルトを交互に見遣る。


「エリザベスとロベルトは、以前婚約していたと聞きましタ」

「ああ、そうだけど」

「どうして、婚約を解消したのデスか? ずいぶん仲がよさそうデスが」


 仲が良いか悪いかで言えば、まぁ悪くはない。

 だが、それと結婚は別の話だろう。


「そんなもの、私がこんなだからに決まっているだろう」

「こんな?」

「男装しているし、彼より強い。普通そんな女は嫌だろう。あと私に王子妃は向いてない。いいか。もう一回言うぞ、私に、王子妃は、向いてない」

「それは勿体ナイ。こんなに素敵なのに、その価値が分からないとは」


 第6王子たるヨウに理解してもらおうとわざわざ2回も言ったのだが、伝わらなかった。やれやれである。


「私を女性として見てくるのはお前ぐらいだよ」

「違います!」


 呆れて苦笑いしていると、ロベルトが口を挟んできた。


「隊長、俺は。貴女を」

「ロベルト?」

「貴女を男だとは思っていません!」

「それは実際のところそうだけれども」


 フォローが下手にもほどがある。


 王家、ロベルトを放っておきすぎではないだろうか。

 今のように他国の王族と関わらせたり、多少なり表に出すつもりがあるのなら、もうちょっと貴族らしいうまい言い回しを教えてやって欲しいものだ。

 殿下と足して2で割って……いや、それは止したほうがいいな。混ぜるな危険な気がする。


「ロベルトもロベルトデス。結婚したくないから、婚約破棄したのでショウ? なのに、どうして今もこうして一緒にいるのデス?」

「それは……」

「悪い噂が立ちますヨ。婚約破棄されたのに、前の男に未練があるト。貴方に弄ばれているト。彼女にとっても不名誉デス」

「お、俺は」


 珍しく怒った様子のヨウに詰め寄られ、ロベルトが答えに窮している。


 ヨウがどういう想像をしたのか知らないが、私とロベルトの婚約解消は非常に穏便なものだ。

 それに、最終的な決断はロベルト自身がしたのだろうが……比重としては私の父の申し入れによるところが大きい。

 私も殿下に頼んで陛下に奏上してもらったのだし、ロベルトを責めるのはお門違いだ。


 ヨウとロベルトの間に割って入り、ため息混じりにヨウをなだめる。


「やめろ、ヨウ。そういう間柄じゃないのは見たら分かるだろ」

「では、どういう間柄デスか?」


 聞かれて、ちらりとロベルトに視線を送った。

 ロベルトはどこか緊張した面持ちで、期待のキラキラを湛えた目で私を見ている。


「弟子」

「一番弟子です!」

「……だ、そうだ」


 訂正された。

 確かに私がここに来て最初の候補生という意味では、一期生ということにはなるかもしれないが……それ、そんなに大事だろうか。


「今は弟子ですが、いつか隊長と並び立つくらい……隊長に勝てるくらい、強くなります!」

「大きな口を利くものだな」


 私が肩を竦めると、ロベルトはまたキラキラを私に突き刺してくる。


 ふと、「待っていてくれますか」の意味を理解した。

 ロベルトの言う「いつか」がくるまで、ここで挑戦を受け付けて欲しいと、そういうことだろう。

 変に期待をさせるのも悪いので、先に断っておく。


「別に、相手してやるのは構わないが。私、いつまでここにいるか分からないぞ」

「え!? お前、ここに就職するんじゃないのか!?」


 おとなしくこちらを静観していたグリード教官が、いきなり素っ頓狂な声を出した。

 他の教官たちもこちらに集まってきて、私の肩を掴んで揺さぶる。


「もう隊長を頭数に入れた人員と予算になってんだよ! 急にいなくなられたら困る!」

「就職するとか一度も言っていませんが」

「冷たいこと言うなよ~!」

「第四もそのつもりだぞ、あいつら」


 それはもう、騎士団の経営や人事サイドの問題なので、私のような一介のバイトには関係ない。

 平和が続いて、騎士団の人員や予算が削られているのだろうか。

 だとしても、バイトが1人抜けた程度でどうこうなるような体制は問題だろう。


 このままだといつの間にか正社員に昇格させられていたとかありそうなので、今後騎士団関連の書類にサインをするときは注意深く確認しようと心に決めた。



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