第126話 エンドロール
ぱきんと、木の枝が折れる音がした。
振り向くと、そこには呆然とした表情の攻略対象4人が立っていた。
リリアに集中していて気付かなかったが、追いついてきていたらしい。
「……リジー?」
最初に口を開いたのは、王太子殿下だった。
「聞き間違いじゃなければ、その……友達と言った?」
「? ええ」
殿下はちらちらとリリアのことを気にしながら、聞きづらそうに言う。
ああ、そうか。彼らからしてみれば、予期せず女の子が振られる場面に立ち会ってしまったわけで。
それはさぞ気まずかろう。
しかも私はきっと誰の目から見ても、リリアに好意を持って接していたはずだ。
そんな私がリリアを振るとは、誰も思っていなかっただろう。
「えっ!? 隊長は、リリア嬢に惚れていたのではなかったのですか!?」
約一名、話についてこられていない脳筋がいた。
振られたばかりのリリアへの配慮が皆無である。塩を塗り込むな。
「だって、だから、俺は、今日ファーストダンスに選んでもらえなかったら、きっぱり諦めて二人を応援しようと……」
「そうだねロベルト。いつまでも過去に囚われるのは良くないよ。有言実行できっぱり諦めるほうがきみのためだ。私は諦めないけれど」
「あ、兄上!?」
「ずいぶんと殊勝ですね。僕はたとえ彼女に恋人が出来ても諦めるつもりなどありませんでしたが」
「わぁ、怖い。一歩間違えばストーカーですよ。まぁ、一回もファーストダンスを躍ったことのない方の言うことなんて、気になりませんけど」
またキャットファイトが始まってしまった。昨年を思い出して、また頭痛がしてくる。
勘弁してほしい。
何故皆、私とのファーストダンスをそこまで熱望しているんだ。
まぁ、イケメン同士の顔が近いときの女子の反応は正直気持ちが良いし、ファーストダンスが一番インパクトも大きいだろう。
しかしそこまでして、女子にキャーキャー言われたいのだろうか。
私と違って素材が良すぎるほどに良いのだから、そんな小手先の技を利用する必要などなさそうなものだが。
もはや意地になっているとしか思えない。
「……あ、あの」
眼前で繰り広げられるキャットファイトに唖然としていたリリアが意識を取り戻し、私の袖を引く。
「わ、わたし、まだ諦めてません!」
「リリア?」
「絶対、ぜったい、バートン様に好きになってもらいます! 友達じゃなく、こ、恋人として!」
面食らってしまった。
ルート分岐はもう終わってしまった。そんなことを言われたって、私とリリアが恋愛エンドに進むことはこの先ありえない。
それは、ここが乙女ゲームの世界だと知っているリリアだって、よく理解しているはずだ。
これは、早めにネタばらしをしたほうがよさそうだ。あたら若い彼女の時間を私に費やす必要はない。
それによっては、彼女は恋人どころか友達になることすら撤回したくなるだろうが。
ずいぶん仲良くなれたと思っているし、出来ることなら同郷の者同士、本当に友達として仲良く過ごせたら良いとも思っている。
前世の話が出来るかもしれない人材を失うことは少々惜しいが、利用した側の私に文句を言う権利はないだろう。
むぎゅっと腕に何かが押し当てられた。視線を向けると、リリアが私の腕にしがみついている。
そして胸が当たっている。ちょっと拗ねたような表情と、涙で赤い瞳で、私を見上げた。
何ということだ。やわらかくていい匂いがして、顔が可愛い。
気を抜いていたところに突然全開の
「な! はしたないぞ、リリア嬢!」
「い、いいんです! わたしとバートン様は、と、友達ですから! 女の子同士なら、このくらい普通です! ね、バートン様! ね!?」
「え? あー、うーん……」
暴力的なまでの可愛らしさを擁した上目遣いに、私は目を逸らして適当に相槌を打つことしか出来ない。
いけない。これは直視したら目が焼けてしまう。
「僕だって友達だ」
「ぼくだって弟です!」
「お、俺も!」
瞬間で地獄絵図が展開された。まとわりつくな、頼むから。
あと普通にいい匂いがするところが嫌だ。
「とりあえず全員離れなさい」
この場で一番偉い人の命令により、姦しかった一同が渋々と言った様子で私から離れた。
女装4人衆に一度に喋られると、視覚情報と聴覚情報の齟齬で脳がバグる。何故美女からイケボが聞こえるのだ。
確かに友情エンドらしくはある。攻略対象が一堂に会して、わいわいがやがやして終わるとか、いかにもそれらしい。
だが何かが違う。絵面的にはまるでギャルゲーのハーレムエンドだが、いや、もう、何だこれ。
よくわからないが非常にダメージを食らった気がする。
友の会のご令嬢たちが恋しくなった。遠慮なしにもみくちゃにされてみて初めて、普段の取り巻きの皆がどれほどいい子たちだったかを理解した。
借り物の服に口紅でも付けたら死ぬほど怒られそうなので、勘弁してもらいたい。
殿下はげっそりしている私に向き直ると、咳ばらいをしてから口火を切った。
「リリア嬢が違うというのなら、誰となら……どういう相手となら、恋人になりたいと思うの?」
唐突に問いかけられ、私は首を捻る。何故今そんな話をするのだろう。
突然そんなことを聞かれても、答えに窮してしまう。
今までずっと
もとは恋愛したくてプレイするゲームだというのに、不思議な話である。
主人公に攻略してもらうという目標が達成された今、攻略対象になるための男装も、紳士的な振る舞いも必要なくなる。
まぁ、普通の令嬢をやっているよりよっぽど楽だしすっかり慣れてしまったので、しばらくはこのままで良いかとも思うが。
いつかは恋愛をしてみても、よいと思う。
珍しく考え込んでしまった私に、王太子殿下や他の皆はもちろん、リリアまでもが興味ありげにこちらを窺っている。
どういう相手。タイプということだろうか。好みの、タイプ……
好きな人、一緒にいたい人……
「あ」
ふっとある人の姿が脳裏に浮かんだ。
「お兄様みたいなひと、でしょうか」
思い付きで口に出したものの、急に恥ずかしくなってきた。かっと頬が熱くなる。
これはあれだ。17歳としては、少々子どもっぽ過ぎる回答だ。
だが7歳で前世の記憶を取り戻してからこっち、主人公に攻略される以外の恋愛関連の事柄を一切合切放り出してやってきたのだ。
年齢と共に形成されていくはずの、そういった感情というか情緒というか、そのあたりのものが7歳時点から更新されていないのである。
口元に手をやって視線を逸らす私に、その場の全員が何とも言えない顔になっていた。
「あ――――……」
「あれは……勝てない……」
「リジー。それは高望みだよ」
「姉上、無茶を言ってはいけません」
「分かっているよ、そんなことは! ちゃんと『みたいな』って言っただろ!」
「バートン伯以外にいるわけがないだろう」
それもそうだった。
似たり寄ったりの反応を返す一同を見て、お兄様の人望を改めて感じる。
イケメンが優遇されまくるこの世界で、随一のイケメンである攻略対象たちをして「勝てない」と言わしめるお兄様。
その存在だけで、この世界も悪くないと思えた。
私がここまで迷わず走ってこられたのは、走り続けられたのは、お兄様の存在があったからだ。
どんな見た目になろうとも、どんな無茶をしようとも、「可愛い妹」と言って憚らず、私の味方でいてくれたお兄様がいたからだ。
お兄様が私にくれたのは、それだけではない。
いくら乙女ゲームの世界といえど、見た目がすべてではない。
次期人望の公爵たるお兄様の存在が、それを証明してくれていた。
お兄様の人望に、見た目は関係ない。イケメンでなくたって、お兄様はお兄様だ。
それだけで、人を惹きつけられる人だ。
それが、私にとっては救いだった。
だって、見た目だけではどう足掻いたって、私に勝ち目などないのだから。
お兄様の妹でなければ、今の私はいなかった。
もしもこれがゲームだったなら、私はエンドロールに「スペシャルサンクス」としてお兄様の名前をクレジットするだろう。
お兄様みたいなひとは、そうそういないだろうが……
「いつか、外見なんて関係ないと言ってくれる人が現れたら……その時考えるよ」
ほとんど独り言のように呟いて肩を竦めると、皆が一斉にこちらを振り向き、宇宙人を見るような目をしてきた。
皆して何だ、その顔。怖い。
ちょっとこの世界の理から外れたことを言っただけでこれである。
どうやら私が私自身の恋愛について考えられるのは、まだずいぶん先の話になりそうだった。
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