第125話 私の言葉で、私の気持ちを

 学園内を走り回って追手を撒くうちに、私たちは中庭に辿り着いた。

 私とリリアが初めて会った場所だ。


 気配を探ってみるが、追手はまだそれほど近くまでは来ていないようだ。一旦、リリアを地面に降ろしてやる。


 やれやれ。あの4人はいったい何を考えているのだろう。出落ちも良いところのネタを天丼してくるとは。

 王太子も第二王子も次期宰相もあれでは、この国、やばいのではないか。

 義弟が私のせいで女装に目覚めてしまったとしたら、また両親に泣かれるのでは。


 考えれば考えるほど、頭痛がしてくる。


 だいたいあいつら雁首揃えて、誰も止めてくれる友達がいないのだろうか。悲しいことだ。

 私に相談してくれたら止めたのだが。それはもう、全力で。


「あ、あの! バートン様!」


 地面に降り立ったリリアが私を見上げ、一歩距離を詰めてきた。


「わ、わた、わたし! あ、あなたが、好きです!」


 叫ぶように告げられた言葉に、私は面食らう。

 ちょっと待ってくれ。

 今、情報量が多い。処理落ちする。


「と、友達の、好きじゃ、な、なくて! わ、わたし、あなたの恋人に、なりたい、です!」


 リリアは腰を90度に曲げてお辞儀をしながら、手を差し出してきた。


「だっ……第一印象から、決めてました!」


 いや、ここでそれは違うだろう。

 最後まで、締まらない主人公ヒロインだ。


 少しの間リリアのつむじを眺めて、目を閉じる。

 一つ、深く息を吸って、吐いた。


 大丈夫。今の私は、冷静だ。

 ちゃんと、首尾よくやれる。


「リリア」


 彼女の名前を呼ぶ。リリアはまだ、顔を上げない。

 こちらに差し出された手がぷるぷると震えていた。


「ありがとう。……私も、君が大切だよ」

「!」


 リリアがはじかれたように顔を上げる。

 しかし、彼女の手を取らず、優しく微笑むだけの私を見て、すべてを察したようだった。


「だけど……きっとそれは、君の気持ちとは違うものだ」


 私の言葉に、リリアの瞳に涙が満ちる。長い下睫毛に引っかかって、滴が光っていた。

 出来るだけ静かに、優しく、私は彼女に語り掛ける。


 攻略対象としてではなく、私の言葉で、私の気持ちを。


「君と話しているとびっくりするようなことばかりだし、一緒にいるととても充実している。いつも一生懸命な君の姿に、何度も元気をもらった。君が私を認めてくれたことで……自分がこの世界に認められたんだと、そう思えた。努力は報われるんだと再認識できた。私は君と出会って救われた心地がしたんだ。君と一緒にいることが、いつしか私の生きる意味になっていた。君となら、お互いを理解しながら過ごしていけると思った」


 嘘は言っていない。本当のことを一つ、言っていないだけで。

 攻略対象らしくはないけれど、これが私らしさだ。


「私にとって、君は……とても大切な、友達なんだ」


 ついに、リリアの頬を涙が伝う。まるで宝石のようだった。

 1つ零れると、堰を切ったように次々と零れ落ちていく。


 ああ、本当に。

 泣かれると困るので、勘弁してほしい。

 だけれど、ここで目を逸らすのは――向き合わないのは、あまりにも不誠実だ。

 泣かせているのは、私だ。


 私が背負うべき罪だ。私が背負うべき業だ。

 いくら無責任な私でも、これぐらいは――これだけは。受け止めなくてはならない。


「君の気持に応えられなくて、本当にごめん」 


 罪悪感はある。どの口で何を言っているんだとも思う。

 それでも私は、友情エンドに向けて、この台詞を言わなくてはならない。


「だけど、もし君さえ良ければ……これからも、友達として過ごしてくれたら嬉しい」


 私の言葉に、リリアは瞳に涙を浮かべながら、それでも頷いてくれた。

 彼女が「リリア・ダグラス」でよかったと、そう思った。


 あまりに綺麗な涙を指で拭ってやりながら、私は彼女に微笑みかける。

 ごーんと、背後で鐘が鳴った。


 ふっと、肩の荷が下りた心地がした。

 ああ、私はやり遂げたのだ。


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