第124話 2年目のダンスパーティー
最も背の高い女性は、鳶色の前髪をばっちり立ち上げて、形の良い額を惜しげもなく晒している。
髪は腰くらいまでの長さがあり、きっちりと巻かれてドレスの上を跳ねていた。
ボリュームのある髪を前に流しているので、肩幅も幾分主張が和らいでいる。
深い黒のドレスは胸元も背中も大胆に開いており、胸の……大胸筋の谷間が激しく主張している。
胸元に踊るのは、タンザナイトだろうか、大ぶりのブルーグレーの宝石をあしらった豪華な首飾りだが、その派手な装飾品と比べても見劣りしないくらい、顔立ちのくっきりとした華やかな美女だ。
スリットから覗く脚はカモシカのように引き締まっているし、腹筋できりりと引き結ばれ、鍛え上げられた大腿筋がぱんっと張り出しているので、コルセットなどなくとも見事なくびれが生まれていた。
直視するのが憚られるくらいの素晴らしいボンキュッボンである。
身長が高いにもかかわらず踵の高いピンヒールを着用しており、スタイルの良さに拍車がかかっている。
体感身長は脅威の190センチ超えである。
その隣に立つのは、迫力美人とは対照的なまるで天女のごとき儚げな美女であった。
すらりと細身だが彼女もそれなりに背が高い。
ドレスの切り替えのおかげでより腰の位置が高く見え、脚の長さが際立っている。
緩やかにウェーブした銀糸の髪はアップスタイルでまとめられ、細い顎から首筋にかけてのラインがよく見える。
オフショルダーのドレスなので、肩口から鎖骨までの美しいデコルテラインが惜しげもなく晒されていた。
あまりに華奢なその首筋に、思わずごくりと喉が鳴る。
しずくが落ちるような形のイヤリングが、光を受けてきらきらと輝いていた。
一見シンプルに見えるAラインのブルーグレーのドレスには、ほんの少しだけ色の違う糸で繊細な刺繍がこれでもかと施されていて、見る角度を少し変えるだけで表情が全く違うものとなる。
ドレスの胸元や裾に縫い付けられたレースは精緻な出来栄えで、とても手作りには思えない。
頭のてっぺんを飾るティアラも繊細で美しい。
本来この人が冠すべきはティアラでなく王冠なのだが。
3人目の女性は、きりりとした切れ長の目元が涼しい眼鏡の美女だった。
首元まで隠すような形のドレスで露出は少ないが、身体のラインが良く出るエンパイアラインがスレンダーな体型を際立たせている。
髪型はどこか見覚えのあるぱっつんと揃った前髪に、肩口までのストレート。
藍色の髪はまっすぐでさらさらと艶があり、また薄い唇もグロスで艶めいていた。
眼鏡の奥の目じりには紅が挿し色として加えられている。
ドレスと化粧が相まって、硬質な雰囲気が却って色気を感じさせる。
夜空のような深い紺色のドレスはよく見るとレースとベルベットの異素材が組み合わされた珍しいもので、どこかオリエンタルな雰囲気があった。
腕には最近ご令嬢の間で流行しているレースのロンググローブが着用されていて、生花と宝石を組み合わせた大ぶりの髪飾りも、話題の宝飾店でしか扱っていない人気の一品だ。
花はアネモネだろうか。これもブルーグレーを基調としてまとめ上げられている。
どうやらまた優しい目利きのクラスメイトがコーディネートに一枚噛んでいるらしかった。
4人目。一番小柄な女性は、小動物的な可愛らしさを持った美少女であった。
こぼれんばかりに大きな瞳ははちみつ色で、薔薇色の頬と唇がなんとも愛らしい。
ストロベリーブロンドのふわふわの髪をハーフアップにし、ブルーグレーのチュール素材があしらわれたバレッタで留めていた。
裾がふわりと広がるプリンセスラインのドレスは淡い黄色で、スタンダードな形もあいまって清純そうな雰囲気を醸し出している。
この世界のドレスにしては珍しく短めのひざ下丈で、後ろが長いフィッシュテールのスタイルだ。
バックリボンも大きくふわふわとしていて、前から見るのと後ろから見るのではだいぶ印象が違う。
ただどちらも小柄で可愛らしい印象の女性にとても似合っていて、男心をくすぐる守ってあげたくなるような愛らしさと若々しさ、活発さが感じられた。
何も知らずに見たら、この子が主人公かな? と思ってしまうような仕上がりだ。
残念ながら、この美少女は主人公ではないのだけれど。
――つまるところ、ロベルトと王太子殿下とアイザックと、クリストファーだった。
攻略対象が揃いも揃って、女装して立っていた。
いや、何で?
去年の悪夢が甦る。ひどいデジャヴだ。
しかも去年よりクオリティを上げてくるな。
そしてクリストファー、去年はあんなに嫌がっていたのにどうして今年はそちら側にいるのだ。
最近義弟の考えていることがよく分からない。反抗期だろうか?
4人揃ったところを前にすると、何故だろう。
四天王とか、四面楚歌という言葉が脳裏を過ぎる。どうにも縁起が悪い。
そして気づいたのだが、皆どこかにブルーグレーの色を取り入れている。
てっきりリリアは私の瞳の色だからそのリボンを選んだのだと思っていたが、もしかして、ブルーグレーが今のトレンドというだけなのだろうか。
だとすれば、うっかりリリアのリボンに言及していたら自意識過剰の恥ずかしいやつになるところだった。
よかった、何か言う前に気づけて。
彼らに感謝すべき点があるとすれば、それだけだ。
「え? な、何? これ? 逆ハーレムルート? いや、逆、じゃないの、かな? え? 女装イベなんてあったっけ?」
リリアが混乱した様子で、早口で独り言を呟いている。
それはそうだ。「何? これ?」以外の感想を抱けと言う方が無理な話である。
ダンスホールの中から、仁王立ちしていた4人が私に視線を向ける。
私たちに用事があるわけではないのかもしれない、という最後の希望が打ち砕かれた瞬間であった。
「隊長! 今年こそは俺と踊ってください! この日のために身体作りに励みました!」
「リジー。誰と踊るべきか分かっているよね? 今この場で、一番尊重すべきは誰?」
「お前のおかげで男性側も女性側もマスターした。僕はどちら側だって構わないぞ」
「姉上! 昨年無理やりぼくを躍らせたんですから、今年も責任を取ってください!」
私は眉間を押さえた。どうしよう。急激に帰りたくなってきた。
「……バートン様」
隣に立つリリアが、ちらりと私を見上げる。
何故だろう、その瞳に仄かに責めるような色を感じた。
誤解である。
本当に誤解である。
いや、何をどう誤解しているのかは分からないが。
この件に関しては――この件に関してだけは、私は何も悪くない。去年も、今年も。
ずんずん近づいてくる4人を前に、私は決断した。
よし。逃げよう。
さっと屈んで、リリアを抱き上げた。
おお、さすが主人公。ドレス込みでも羽のように軽い。これならちょっと怪しい鎖骨も問題なかろう。
なので、これは「無理」には含まれない。
「しっかり掴まっていてね」
ウインクを決めて囁くと、リリアの顔が一瞬で真っ赤になった。瞳の中にハートマークが揺れている。
くるりと踵を返して、階段の手すりに飛び上がる。
「悪いね。用事があるから、少し抜けるよ」
そのまま後ろ向きに、庭園に向かって飛び降りた。
ダンスホールから、非難混じりに私を呼ぶ声が降り注ぐ。
さあ、逃避行の始まりだ。
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