第123話 エスコート

 馬車を降りる前に、馬車の鏡で再度自分の姿を確認する。

 今日はなんと、近衛師団の友人から借りた騎士団の正装である。

 彼は踵込みの私と背格好が似ているので、サイズもちょうど良い。


 形はいつもの騎士団の制服に似ているが、白を基調にしていたり、華美な飾りがついていたりととても普段使いでは着られないような豪勢な作りになっている。

 ジャケットの胸元の紐飾りなどどうするのが正解なのか分からないくらいに複雑だった。

 その甲斐あって、今日はまた一段と盛れている。やはり制服というのはマジックがある。


 服と一緒に届いた手紙の返事には、絶対に汚してくれるなとしつこいくらい書いてあったので、気を付けなくてはならない。

 一瞬カレーうどんを食べたらどうなるのだろうかと考えてしまった。

 幸いなことに、この世界にカレーうどんはない。


 髪型もメイクもばっちり決まっている。服に合わせてシークレットソールのブーツも新調した。

 顔よし、身長よし、筋肉よし。

 骨は、まぁ、肋骨と腕はくっついた。全治2ヶ月のところを、気合いとカルシウムで1ヶ月ちょっとでくっつけた。

 日常生活に支障はない。鎖骨はちょっとまだ怪しいらしい。が、概ね、よし。


 お兄様に誓って――ここで神でもお天道様でもなくお兄様に誓わせるあたり、家族の本気度が見て取れる――無理はしないと約束して勝ち取った、学園生活復帰の1日目。

 今日はダンスパーティーだ。


 今年のエスコートの相手は、決まっている。絶対安静の間に手紙で申し込んで、了解をもらってあった。

 男爵家の玄関先で待っていると、彼女が姿を現す。


「綺麗だ」


 思わず、言葉が口をついて出た。もちろん褒めるつもりだったのだが、ドレスアップしたリリアを見て、わざわざ言葉を装う必要はなくなってしまった。

 それくらい、リリアは美しかった。


 私の言葉に、彼女はぽっと頬を染める。

 私は彼女の手を取り、馬車へとエスコートした。

 正面に座る彼女を見つめる。

 ほんとうに可愛らしい。まるで天使が舞い降りたかのようだ。


 淡い青色のプリンセスラインのドレスに、ダイヤモンドを使った華奢な首飾り。

 編みこみにして後ろでまとめた髪をブルーグレーのリボンで結んでいる。

 ふわりと膨らんだパフスリーブは彼女の可憐さを強調し、普段は髪で隠れている耳から首元のラインが見えることでいつもよりも色っぽく女性らしい印象を見る者に与える。

 濃くはないが化粧もしているようで、少しだけ大人びて見えた。踵の高い靴を履いているからかもしれない。


 髪に結ばれているリボンに、つい目が行く。

 ブルーグレーは私の瞳の色だ。

 想い人の髪や瞳の色のアクセサリーを身に付けるというのは、貴族社会では「ドレスを贈る意味」と同じくらい有名な話である。

 互いに何も言わなくても、伝わるくらいに。ちなみに彼女にそれを教えてやったのも、私である。


 程なくして、馬車が学園のダンスホールに到着する。

 リリアに手を貸して、馬車を降りた。腕を組んで、ダンスホールの入口へと向かう。


 いよいよだ。

 この後、私はリリアとファーストダンスを踊り、そして。

 彼女を振る。


 いや、実際のところは「ずっと仲の良い友達でいようね」的なことを言うだけなのだが、本質的には振るのと同じだろう。

 友情エンドに進むというのは、そういうことだ。


 そう意識したとたん、急に目の前のものを失うのが惜しくなってきた。

 こんなに美しくて、可憐で、私を慕ってくれている女の子を、手放す気なのか?

 こんなに苦労をしてやっと振り向かせたのに? ここまで、散々その気にさせておいて?


 私は別に彼女を憎く思っているわけではない。

 可愛らしいし、一生懸命だし、デュフヒッも最近言わなくなってきた。

 何より彼女だって、どう見ても私のことを好きなはず。

 友達として過ごすより、いっそ本当に恋人になってしまったほうが、互いにとって幸せなのでは。


 頭がくらくらする。まただ。前にも感じたような妙な心地がする。

 リリアから目を離せないまま、私は彼女の手を取り、跪いた。

 身体が勝手に動いていた。

 熱っぽい瞳で見つめ返されると、何かを言わなくては、という気持ちにさせられる。


 何かって、なんだろう?

 あれ。私は、何を言おうとしていたんだっけ?

 というか、攻略対象が跪くスチルは、恋愛ルートにしかなかったはず、では?


 自分でも分からないうちに、口を開き、リリアの名前を呼びかけた、その時。

 大きな音がして、ダンスホールの扉が開け放たれた。


 反射的に、ダンスホールに顔を向ける。

 入り口には、それはそれは美しく……そして少々体格の良い女性が4人、仁王立ちで立っていた。

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