第127話 ネタばらし

 さて。ダンスパーティーも終わり、これでルート分岐も終わったことになる。

 友情エンドの場合、この後に待つのは当たり障りのない展開だ。もうほとんど、終わったと言ってもいい。


 後に残るのは。


「リリア。聞いてくれるかな、私の……これまでの話を」


 ネタばらしだ。


 リリアを男爵家まで送る馬車の中で、私は彼女に話した。


 前世の記憶があること。

 ここが乙女ゲームの世界だと知っていること。

 本当は私が、モブ同然の悪役令嬢だということ。


 幸せになるために、主人公ヒロインに攻略されると決めたこと。

 最初からそのつもりで、リリアに近づいたこと。

 すべて分かったうえで、リリアの気持ちを利用したこと。


 かなりかいつまんで話したが、なかなかに長くなった。

 重湯レベルの前世とは比べ物にならないほどの密度がある、10年だったから。


 リリアは時々驚いたように目を見開いたり、相槌を打ったりしていたが、最後まで聞いてくれた。

 そして、少し考えるような仕草をした後、私に問いかけてきた。


「じゃあ、男装も、剣も、立ち居振る舞いも……全部、わたしのため?」

「君のためというか、君に攻略してもらうため、だけど。まぁ、ざっくり言えばそうだね」


 彼女の問いかけに、私は頷く。


「君が怒るのは当然だと思う。私はずっと君を騙して、利用していたんだ。このゲームをやりこんでいたプレイヤーだったら、君にも好きなキャラクターがいたはずだろう? 私以外のルートを選んでいたら、きっと君は大恋愛エンドに進めたはず。好きな相手と恋人になって、大聖女の力も手に入れて。末永く幸せに暮らす未来が、そこにはあったはずなんだ。けれど私はその幸せを君から奪った。それも、君に恋していたからじゃない。自分が幸せになりたいという、ただのエゴで、だ」

「ずっとずっと、10年間? わたしと出会うために、わたしに好きになってもらうために、努力してきたってことですよね?」

「まぁ、そういう見方も出来るかな」


 肯定すると、リリアがこちらに向かって身を乗り出してきた。

 琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。


 うん?

 何だか、予想していた反応とずいぶん違う。


 「ひどい!」とか「騙してたのね!」とか言われて、ビンタの1つくらいは食らうんじゃないかと思っていたのだが。

 そしてビンタくらいだったら、甘んじて受けるつもりでいたのだが。


「エリ様に自覚がないだけで、それってもう、恋なんじゃないかと思うんです!」

「え? 何、エリ様? いや、リリア? それは違」

「いいえ、恋です。実質、片思いです」

「すぐ実質とか言い出すの、オタクの悪いところだと思うよ」


 ふんふんと鼻息荒く力説するリリアに、私は眉間を押さえる。


「いや、だからね? 私は転生者であることを隠して、君が主人公であることを分かった上で、利用していたんだよ。騙していたんだよ。そんな相手と恋人だとか友達だなんて、とんでもないだろ? だから君が撤回しやすいように、……ついでに私自身の罪悪感を軽減させるために、こうしてネタばらしをしたわけで」

「女の子だったって知って、わたし、騙されたって思いましたけど。それでも結局あなたを攻略したいって……あなたと恋愛がしたいって思ったんです。もうそこで、あなたのルートに進む選択肢、選んじゃったんです」


 リリアが困ったような、それでいて強い意志を感じさせるような顔で、微笑む。


「今わたしにあるのは、貴方を諦めるか、諦めないかの選択肢で。だったら、わたし、諦めないです」

「ええと。でもね」

「エリ様」


 さっきから、何だその「エリ様」は。

 突っ込みにくいタイミングで謎のあだ名を出してくるのをやめてほしい。


 リリアは私をまっすぐ見つめて、言う。


主人公ヒロインは、許すものです」


 彼女は自信ありげに、どこか不敵に笑った。


「それで、主人公ヒロインは、諦めないものです」


 何だろう、その台詞は。

 私が今までプレイしてきたゲームの主人公ヒロインたちが脳裏にプレイバックしたせいで、やたらと説得力があった。

 彼女にしか言えない台詞だな、と思った。


「CER○Bですし!」

「それ、そんなに重要かな」

「重要です。CER○Bだとチューまでなので」

「ああ、そう」


 なんだかどっと疲れて、笑ってしまった。

 私は考えるのを放棄する。


 もう、いいか。本人がいいって言うなら、それで。


「エリ様はわたしを落とすために、10年間がんばってくれたわけじゃないですか。でもわたしはまだ、半年しかがんばってないわけです。せめてわたしにも、同じだけがんばるチャンスがないとフェアじゃありません」

「10年は長すぎないかな」

「絶対攻略してみせますので、首を洗って待っていてください」


 聞いてもらえなかった。

 正直、私にそこまでする価値があるとは思えない。


 顔はメイクの力だし、身長はシークレットソールのおかげだし、紳士的とは程遠い、自己中心的な打算にまみれた性格をしている。

 もし女友達が私のようなやつと付き合っていたら、きっと止めるであろうこと請け合いだ。


 まぁ、逆に考えよう。10年の間攻略されなければいいのだ。

 10年もあったら、そのうちに彼女の気持ちが変わる可能性の方がずっと高い。

 他にもっといい相手を見つけてくれるはずだ。それこそ、攻略対象の誰かだっていい。


 それまで、こちらがYESと言わなければいいだけだ。のんびりゆったり構えていたっていいだろう。


「なので、まずはお友達から、ということで、ひとつ」

「……攻略されないよう、がんばるよ」


 差し出された彼女の右手を握る。

 突然、ぐいと腕を引かれた。完全に油断をしていたので、身体がわずかに前に倒れる。


 ちゅ。


 頬に――というかほとんど唇の端と言った方が適切な位置に、やわらかい感触があった。

 咄嗟に態勢を立て直し、勢いよく身を引いてリリアから距離を取る。


 彼女はにこりと笑って、舌を出した。

 お茶目で明るい女の子といった表情でたいそう可愛らしいが、その唇から覗く舌は赤く、艶かしい。


「予約です」


 唇に人差し指を添えて微笑むリリア。

 私の肝は、下手をすると羆を前にしたときより冷えていた。

 頬に触れる自分の指が冷たい、どっと汗が噴き出す。鼓動がうるさくて、頭の中で鳴り止まない。


 私は久しぶりに「身の危険」というものを感じた。

 危ない。油断していたら食われそうだ。


 体幹だ。体幹の鍛え方が足りていない。華奢な女の子に手を引かれたぐらいで、身体が動くなんて。

 今週から訓練場に行く日を増やそう。鍛え直しが必要だ。筋肉は裏切らない。


 ばくばくと鳴り止まない心臓を服の上から押さえつけて、私はため息をつく。

 無事に友情エンドを迎えるには、まだもう少し、がんばらないといけないらしい。


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