第115話 私は最低だ。最低だが、それが私だ。

 諸兄に問おう。秘密がバレた時、どうするのが正解なのか。


 一番いいのはバレずに墓まで持っていくことだろうが、万一バレてしまったとしたら、相手が「薄々勘付いている」程度のうちに、自分から伝えてしまうのが最も誠意ある対応と受け取られるだろう。

 第三者からバラされるというのは最悪の形と言っていい。


 さて、ではそんなとき、どうすべきか。

 とりあえず、相手が逃げたら追うべきだ。これは嘘がバレた時以外にも通ずる。

 追いかけなければ「どうして追いかけてくれなかったの」と恨み言を言われる可能性が非常に高いからだ。


 駆け出したリリアを追いかける。

 コンパスの差もあって、あっさり追いついた。きっと咄嗟に走り出しただけで、本気で逃げるつもりもないのだろう。


「リリア!」


 名前を呼んで、腕を掴む。しかしリリアは、私の腕を振り解いた。

 注意深くその表情を観察する。ショックを受けたような、傷ついたような、信じられないものをみるような。

 それでいて、縋るような。そんな目をしていた。


 その目に私は安堵する。ショックや悲しみよりも怒りが勝っていたら、この場での説得は難しい。

 怒りが落ち着くまで時間がかかる。

 そしてもし、私に対して絶望していたら、関係修復にかかる時間と手間は予測不能だ。


 だが、リリアの揺れる瞳と、言葉を発することの出来ていない震える唇からは、私に嘘をつかれていたショックと、それでいてどこか、私を信じたいと縋りつくような気持ちが読み取れた。


「ば、バートン様、女性だって……う、うそ、ですよね……?」

「……それは……」


 私は言い淀む。否定も肯定もしないことが、この場合は肯定だった。


「わたしを……騙していたんですか……?」

「違う!」


 私は用意していた言葉を口にする。


 もしもここで「ついてこないで」とか言われていたら、その「ついてこないで」の真意を探ったりする手間が発生するところだった。よかった。話が早い。

 「ついてこないで」と言われてはいそうですかとあっさり諦めると、余計に怒られる場合もある。乙女心はげに難しい。

 かといって本当に心からの「ついてこないで」だった場合、しつこくすればストーカーだ。


 リリアの目を見ながら、私は次のフェーズに移行する。


「……ごめん。何を言っても言い訳にしかならないけれど……私には、君を騙すつもりはなかった」


 もちろん大嘘だ。

 今も彼女のことを騙して利用する気でいる。


 だが、性別の件に関しては不可抗力と言うか、わざとそうしていたわけではなかったので、その面だけ見れば嘘ではない。

 ……もっと大きな枠組みの中で、私は彼女を騙しているだけだ。


「本当は、もっと早く伝えるつもりだった。だけど……君と過ごすうち、どんどん言い出せなくなった。君が、君だけが。私のなりたい『本当の私』を見てくれている気がしたから」


 リリアの肩が、僅かに震えた。


 女の子は皆「君だけ」というのが好きなものだ。

 そしてリリアの事情から鑑みて「なりたい自分」「本当の自分」という言葉は重要な意味を持つものとして伝わるだろう。

 いつか私の家で話したことを、伏線として回収したと思ってもらえればいい。


「君を失いたくなくて、伝えるのが怖くなった」


 私は、わざと自分に言い聞かせるように装って呟く。

 本来、攻略対象としてはここで心の内を吐露するのが正解かもしれない。

 主人公が「そんな理由なら仕方ない」と思えるようなのっぴきならない理由を説明するのが筋かもしれない。


 しかし攻略対象としてあるまじきことではあるが、私には特に暗い過去とかつらい記憶とか、ないのである。

 飢えもせず凍えもせず毎日ぬくぬく好きなこと――主に筋トレ――をして過ごし、類稀なほど心の広い家族に恵まれ、多くはないが友達にも恵まれ、今絶賛主人公に攻略されている。

 攻略対象になるための努力はもちろんしたが、それを暗い過去として語るわけにもいかない。

 だが、それ以外はここまで大した苦労もせず、面白おかしく暮らしてきたのだ。手札がないのである。


 結果として、私は問題の先送りを選択した。

 私のルートに入ったら知ることができますよ、感の演出に留めることにしたのだ。


「私は君に甘えていたんだと思う。私は君の善意を、君が私に向けてくれるやさしさを、利用していた。……最低だな」


 自分で言っていてもそう思う。私は最低だ。

 自己保身と打算に塗れて、適当で行き当たりばったりで、自分の利益のために人を騙すことを厭わない。

 最低だが、それが私だ。

 ずっとそうして生きてきたし、これからもそうして生きていく。


 リリアは俯いたまま、最後まで何も言わなかった。肩が震えている。

 きっと泣いているが、私にこれ以上かけられる言葉はないし、彼女もそれを望まないだろう。むしろ逆効果だ。

 この場での解決は難しい。私はそう判断した。時間を置くのが良いだろう。


 私は、一瞬彼女に伸ばしかけた手を、ぎゅっと握って引っ込める。


「……引き留めて、ごめん」


 そう小さく、搾り出すように告げて、私はその場を立ち去った。

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