第114話 天王山
「さ、ささ、さっきから、何言っているんですか!?」
ご令嬢の剣幕にすっかり小さくなっていたリリアが、やっと声を発した。
リリア、言ってやってくれ。私と彼らの名誉のためにも。
「つ、つまり、あなたたち全員、カプは違えどバートン様左固定の過激派腐女子ってことですか!? ここでも腐女子が強いんですか!? そりゃロイラバだって人気カプとかあったけど、乙女ゲームなんだから、夢女子の人権ちょっとは認めてくれたっていいんじゃないんですか!? いつもいつも、夢女子を迫害して!」
私を勝手に左固定するな。
いや、違う。勝手にカップリングするな。
お前も何を言っているんだと問いたい。
オタク特有の早口で一気にまくし立てたリリアに、今度は取り囲んでいたご令嬢たちが首を傾げる番だった。
「ふじょ、? 何ですの?」
「BL……男の子同士の恋愛が好きな女子のことです!」
「男の子同士?」
「だいたい、ナマモノジャンルは気を付けないといけないんですからね!? 一人の暴走がジャンル全体にどれだけの迷惑を……」
誰がナマモノだ。
いや生物ではあるのだが。
しかし、ご令嬢たちにそういう目で見られているというのは、私としてはなんともメンタルの置き場に困る事態である。
意識して顔を近くして湧いてもらっているときとは違う気まずさがある。
大体、もとから私にも彼らにもその気もそのケもないのである。これ以上どうしろと言うのだ。
「ダグラスさん、何を言っておられますの?」
ご令嬢の一人が、不思議そうにリリアに問いかける。
そうだ、言ってやってくれ。お前は何を言っているんだと。
「バートン様は、女性ですわよ?」
しんと、一瞬の沈黙が流れた。
「……え?」
「え? まさか、本当にご存知なかったの?」
「じょ、せい?」
リリアは驚愕の表情でしばし固まっていたが、やがて顔色が真っ青になっていく。
私は内心舌打ちをした。しまった。もっと早く出て行くべきだった。
薄々分かっていた。リリアが私の本当の性別に気づいていないことを。
まぁ、当然といえば当然である。誰もそうそう他人様に「失礼ですが性別は?」なんて聞いたりしないのだから。
ほんの少し、2%くらいは勘付いているんじゃないかと思っていたが、やはりそうではなかったらしい。
「わたくしたち、忠告に参りましたの。わたくしたちは何も貴女が憎くて言っているわけではありません。ただ、自分の応援する方とバートン様が結ばれることを願っているだけです」
「一番怖いのは……ここにはいない、『バートン様と私♡』の恋に夢を見ている方々ですわ」
「私たちは穏健派ですのでこうして事前に忠告しているのです。これ以上過激派の『バートン様と私♡』派閥の方に目をつけられたら、貴女、どんな嫌がらせを受けるか……」
リリアに切々と語るご令嬢を横目に、私は思索を開始する。
さて。どうするべきか。
いずれはバレるだろうとは思っていた。
もちろんルート分岐まで気づかずにいてくれたら最高だったが、それはほぼ不可能だろうと私自身も理解している。
バレた時にどうリカバリするか。それが重要である。ルート分岐まであと2ヶ月もない。
ここが私の天王山になるだろう。
大丈夫だ。シミュレーションは何度もしてきた。自信を持って、余裕ぶった笑みを顔に貼り付けて。
小さく息を吸って、吐く。
「やぁ、何の話かな?」
私は、わざと音を立てて芝生を踏みながら、ご令嬢とリリアの前に姿を現した。
「ば、バートン様」
ご令嬢たちが私を見る。何人かが、小さな声で私の名前を呼んだ。
リリアは私の顔を見て、目を見開く。唇が震えていた。
そして一瞬ひどく傷ついたような表情をしてから、彼女は私に背を向けて、走り出した。
「リリア!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます