第113話 乙女ゲーム名物

「ダグラスさん! 貴女、バートン様がお優しいからと言って甘えすぎではなくて!?」

「そうよ! 聖女の素養があるからといって、他人の恋路を邪魔していてはバチが当たりましてよ!」

「えっ、あ、えぅ」


 リリアとご令嬢たちの後を追いかけていると、そんな声が聞こえてきた。


 おお、これは。とうとう来たか。

 乙女ゲーム名物「攻略対象と仲良くなりすぎた主人公が取り巻きの女子にいじめられるイベント」である。


 身を翻して建物の陰に隠れ、ご令嬢たちの様子を窺う。

 クラスメイトではないが、何度か見たことがある顔ばかりだ。友の会所属のご令嬢だろう。

 ご令嬢たちの隙間から、取り囲まれたリリアがおろおろと狼狽えているのがちらりと見えた。

 人見知りの彼女にはさぞつらかろう。


 すぐに助けに入ることは簡単だが……例えば誰かがリリアに危害を加えようとしたら、そのタイミングで颯爽と助けに入るのが正解だろう。

 リリアには申し訳ないが、もうしばらく締め上げられてもらうことにする。


 リリアを囲んでいるご令嬢たちは、ずいぶんと勢い込んで彼女に詰め寄る。


「バートン様には王太子殿下とお幸せになっていただかなくては! いつも爽やかな微笑みを崩さない殿下が、バートン様とお話しされる時はまるで少女のように頬を染めていらっしゃって……あれは恋ですわ! 間違いありません!」


 はい?


「あら、それを言うならロベルト殿下でしょう! ロベルト殿下がバートン様をお慕いしていることは一目瞭然。なんといっても2人は元々結ばれる運命だったのです! どんな試練があろうとも、2人を分かつことなど出来ませんわ!」


 なんて?


「いいえ、アイザック様ですわ! バートン様とお友達になってからのアイザック様の変わりよう、皆様ごらんになったでしょう? それに、アイザック様はバートン様と毎日のように親しくお話しされていますのよ!」


 いや何の話?


「毎日のように? でしたらクリストファー様が一番ですわ! 毎日同じ屋根の下、一緒にいる時間が一番長いのはクリストファー様です! 去年のダンスパーティでもクリストファー様がファーストダンスの相手に選ばれたことをお忘れですの?」


 ???????


 自分を取り囲んでいた令嬢たちが何やら言い争いを始めてしまい、目を白黒させているリリア。

 それはそうだ。私も予想外の発言に、頭の中が「?」で埋め尽くされている。

 危うくズッコケて物陰から出てしまうところだった。体幹を鍛えておいてよかった。


 話についていけていないリリア――と私――を置いて、ご令嬢たちの舌戦はヒートアップしていく。


「あれは、あの場を最も角を立たせず収める相手を選ばれただけですわ。だって、王子2人を差し置いてアイザック様を選ぶなんて、波風が立ってしまうじゃありませんの」

「バートン様は本当はアイザック様を選びたかったと?」

「それはそうでしょう。ダンスの授業でもダグラスさんが転入されるまではいつもお2人で踊ってらしたのよ。難しいフィガーも簡単に熟されて息もぴったりですし、お2人ともとても楽しそうな、良い表情をされますの。時々小さな声で囁き合われて……あれはもう、2人の世界ですわ」


 全然「それはそう」ではないのでまずそこから話をさせてほしい。

 誰も選びたくなかった故のクリストファーの尊い犠牲があったことを忘れてはいけない。

 囁き合っているように見えたのはたいていが宿題を写させてもらうのを頼んでいただけだ。


「それは昨年までのお話でしょう? 今年に入ってからはダグラスさんと踊ってばかり。一緒のお勉強会だってされていなかったではありませんか」

「そ、それは、バートン様がダグラスさんばかりに構うから、やきもちを妬いてらしたのですわ!」


「その点、クリストファー様はよくお3方で過ごしていらっしゃるところを見かけますわ! この前なんて、クリストファー様の口元についたお菓子の食べこぼしをバートン様が手ずから取ってあげていらして……その時のクリストファー様の真っ赤な顔と照れ笑いときたら!」

「あら、お優しいバートン様のことですもの。かわいい弟にそのように接するのは当然ですわ」

「そうですわね、きっとバートン伯がお相手でも同じようになさるでしょうし」

「そ、そうかもしれませんけれど!」


 今度は「それはそう」だった。特に身に覚えはないのだが、もししていたとしたらお兄様にも同じようにするだろう。

 ちなみにリリアと違ってドキドキしてもらう必要はないので、仮に芋けんぴがついていても取ってやるだけで食べないとは思う。まぁ、この世界に芋けんぴはないのだが。


「あらあら、そんなことで言い争うなんて。所詮王太子殿下と比べればどんぐりの背比べだと言うのに……お可愛らしいこと」

「何ですって?」

「王太子殿下がバートン様と親しく過ごされているところなんて、あまり見たことがありませんけれど?」

「ふふふ……王太子殿下は『リジー』と愛称で呼ばれていますのよ! 他の方はそんなことなさらないではありませんか!」

「まぁ……!」


 そうだっけ?

 私は思わず首を捻ってしまった。


 そもそも自分の呼ばれ方にたいして気を配っていなかったことに気づく。

 隊長とかいう謎のあだ名は勘弁してほしいと思っているが、それ以外はエリザベスでもエリーでもリジーでもベスでもバートンでも、何でもいい。

 呼ぶ側だってそんなこと、いちいち考えていないと思うのだが。


 しかし、女の子というのはその辺りに敏感である。貴族令嬢ともなればなおさらだ。

 そんな彼女たちが誤解してしまうような状態をそのままにしておくのは得策ではない。

 今度殿下にやめてもらうよう言っておこう。


「ですが、バートン様は殿下のことをいつも『王太子殿下』と呼ばれていますわ」

「あら、そうですわね。アイザック様やクリストファー様、ロベルト殿下のことはお名前で呼ばれているのに」

「やはり、王太子殿下の片想いなのではなくて?」

「なっ! き、きっと2人きりの時には呼んでいらっしゃるはずですわ! 皆の前では体面を気にされていらっしゃるのです!」

「でしたら、ロベルト殿下だって! ロベルト殿下がバートン様に『たい……』と呼びかけて、苗字に呼び直されるところを何度も目撃していますわ」

「それは……たしかにそんなところを見たことがあるような」

「わたくしも」


 目撃されまくっていた。

 ロベルト、次の訓練はメニュー追加だ。


「あれは、2人きりの時の特別な愛称で呼びかけてしまいそうになるのを必死で誤魔化していらっしゃるのよ!」

「ですが、『たい』から始まる愛称というのは、一体……?」

「ずばり! 『大切な君』ですわ!!」


 きゃーっとご令嬢たちから黄色い悲鳴が上がる。

 私はといえばまたズッコケそうなところを自慢の体幹と足腰でなんとか踏みとどまった。


 なんだ、それ。

 もう何でもありじゃないか。


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