第112話 蜂と胸騒ぎ
夏休み目前。
期末レポートに取り組むため、アイザックとリリア3人で図書館の一角に陣取り、ああでもないこうでもないと頭を捻っていた。
やっと終わりが見えてきたところで、論拠を探そうと持ってきた本をめくっていたが、ちょうどよいものが見つからない。
一人で資料を探しに行くとアイザックとリリアを2人きりにしてしまうので、アイザックを誘って2人で探しに行くことにした。
このあたりは抜かりない。
彼は特に疑問も不平も言わずについてきてくれたのだが、もし私が一人では本を探せないと思われているのだとすると少々心外である。
本棚を眺めて、目当ての本を探す。アイザックもついでがあったようで、私の後ろで何冊か本を手に取っていた。
と、視界の隅を何かが横切った。
蜂だ。
反射的に手を伸ばして、叩き潰そうとする。
ばん、と音がして、手の平が本棚に当たった。
しかし手応えがない。逃したか。
「お、まえ」
声がして視線を前に持ってくると、本棚と私の間に挟まれ、気まずそうな状態のアイザックがいた。
リリアが相手ならば壁ドン、とでも言いたいところだが、残念ながら相手がアイザックでは色気がない。
急に友達が本棚を叩くものだから驚いたのだろう。彼は目を大きく見開いて、私を見上げていた。
彼を解放して説明してやろうと思ったのだが、先程逃した蜂が彼の肩に止まっているのが見えた。
「静かに」
咄嗟にそう告げると、アイザックの身体がわずかに強張った。彼も蜂に気づいたのかもしれない。
今彼が動いたら、蜂は逃げてしまう。それはいけない。もしリリアが刺されでもしたら大事だ。
「おい、何を」
「じっとして」
壁についていない方の手を、そっとアイザックに向かって伸ばす。
アイザックは、何故か目をぎゅっとつぶった。
私の指は、わずかに彼の頬を掠め……無事、蜂の羽を掴むことに成功した。
「アイザック? いつまで目をつぶっているんだ」
声を掛けると、アイザックがかっと目を見開く。
どうも息まで止めていたようで、顔が真っ赤になっている。
確かにじっとしてとは言ったが、何も息まで止めることはないだろう。
彼は私を睨み、次に手につかんだ蜂を見て、やたら大きなため息をついた。
「…………お前……」
「あ。君、虫苦手だったか?」
それは悪いことをした。早く逃がしてしまおう。窓に向かう私の背中に、またため息が投げられた。
「……もういい」
「――あれ?」
蜂を外に逃がすために窓を開けると、見覚えのある後姿が渡り廊下を歩いていくのが見えた。
周りには、複数のご令嬢の姿がある。
図書館の中を確認すると、先ほどまでリリアが座っていた席が空席になっている。やはり先ほど見えたのは、リリアだったらしい。
ふむ。
何となく胸騒ぎを覚えた私は、アイザックに席を外すことを伝えると、リリアの歩いていった方向へ駆け出した。
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