第111話 芋けんぴでも食べるかもしれない
「おいしい~」
ケーキを一口食べた瞬間瞳を輝かせ、その後幸せそうに頬を綻ばせるリリア。
可愛い女の子とおしゃれで可愛らしいケーキ、非常に絵になる。映えである。
やはりこうして無意識で、飾らない表情の方が可愛らしさが強調されて見える気がする。
常に寝ているか物を食べているかすれば、無理に主人公らしさを取り繕わなくても誰だって落ちそうなものだが……これがあれか。「黙っていれば可愛いのに」というやつか。
ご機嫌でケーキを口に運ぶリリアの顔を見て、私は驚愕する。なんと頬にクリームがついているのである。
もはや感動すら覚えた。まだ2口しか食べていないのに、そして食べ方も特に汚いとか下品ではなかったはずなのに、何をどうやったら頬にクリームをつけられるのだ。
手品かと疑いたくなるレベルである。
これが
こういう場合の乙女ゲーム的な正解は何なのだろう。
恋仲ならこう、ちゅっとして取ってやるのが正解なのだろうが、友達以上恋人未満の関係性においてはそれはやりすぎの気がする。
しかも第三者がいる場面だ。
しかし、指で取るまでは良いとして……ご飯粒ならまだしも、生クリームはどうなのだろう。
舐めるべきか? ハンカチで拭っていいものか?
そもそも指を舐めるというのは行儀がいいとは言いがたい。
自分がやられたらと考えてみても、嬉しいか、それ? と首を捻るばかりである。
ご飯粒だったら食べるだろう。芋けんぴでも食べるかもしれない。
生クリームの正解を探して脳内の引き出しを開けまくったが、乙女ゲーム界隈でも半々というところだろうか。
指で掬ってリリアに舐めさせる? いや、それはさすがに、どうだろうか。
ハンカチで拭ってやる? 一番スマートではあるが、果たしてドキドキするだろうか。
そこまでコンマ2秒で考え、私は結局一番王道らしい行動を選択した。
「ふふ、ついてるよ」
身を乗り出して、指で彼女の頬のクリームを拭い、掬ったクリームを自分の口に運んだ。
リリアは「も、もう、バートン様! 教えて下さいよ~」とか拗ねたように頬を膨らませながらもどこか嬉しそうだったので、まぁ、正解と言わずとも不正解ではなかったのだろう。
いきなり制限時間付きの選択肢を突きつけられると、つい考えすぎてしまう。今後の課題だ。
リリアがあまりに美味しそうに食べるものだから、味が気になってきた。私もいただくとしよう。
まずはコーヒーを一口、とカップに口を付ける。
澄ました顔でカップをソーサーに戻した。
すっかり忘れていたが、そういえば私、苦いものが得意ではなかった。
噴き出さなかった自分を褒めてあげたい。
家族が紅茶派なので家でコーヒーが出てくることはなかったし、そもそもこの世界は紅茶の方が主流である。
思えば、転生してからコーヒーを飲むのは初めてだった。ピーマンが苦手なやつが挑むべき相手ではない。
エリザベス・バートンの身体がそうなのか、前世からそうだったのかはもはや覚えていないが、どうやら私には向いていないことが分かった。
しかし好き嫌いをするのも、食べ物飲み物を残すのも、行儀が悪い。格好も悪い。
私ももう大人である。苦手だ何だといって食べ物を残すようなことはしない。
心頭滅却だ。火が涼しくなるぐらいだ、口の中が苦いくらい何するものぞ。
最初からミルクと砂糖を入れておけばよかったのだが、1口飲んでから足すのは何と言うか、負けた気がする。
「たい……バートン卿」
「うん?」
私の顔を見つめていたロベルトは、おもむろにミルクポットを手に取ると、私のコーヒーに勝手にミルクを足した。
「ミルクを足してもおいしいので! ぜひ!」
「せめて聞いてからにしてくれ」
「砂糖もぜひ!」
「だから勝手に入れるなと」
カップに角砂糖が放り込まれる。
言っている間に、コーヒーに角砂糖が溶けていった。
仕方がないのでスプーンでかき混ぜて一口飲むと、ただのカフェオレになっていた。
一瞬私はそんなに苦そうな顔をしていたのかと思ったが、彼に他人様の表情を読み取るような繊細なスキルがあるとは思えない。
おそらくフランクに聞いたか何かで、純粋な厚意から勧めているのだろう。
期待に満ちた眼差しで私にキラキラを飛ばしてくるロベルトに、私は苦笑いする。
「そうだな、これもおいしいよ」
「! よかったです!」
ロベルトが嬉しそうに破顔した。ひどく幸せそうで、満足そうで、邪気のないその表情に見ているこっちまで毒気を抜かれてしまう。
その破壊力たるや、店中の女の子の視線が彼に集まるほどだった。
ロベルトもアイザック同様、自分の顔のよさに自覚がないタイプである。
それにしても、ちょっと褒めた程度でこの喜びようとは。
こいつ、放っておくとそのうち私の草履とか温めかねない。忠誠っぷりからして、猿と言うより犬だが。
リリアがロベルトを見て、不思議そうに首を傾げていた。
彼女の知っている範囲では、私と彼は訓練場の教官と候補生ではあるものの、それ以外はクラスメイトという関係性でしかない。
どうしてロベルトが私にこうも忠義を尽くすのか、何故上下関係が逆転しているのか、分からなくて当然だろう。
私だって、どうしてこうも崇拝されているのか分からないのだ。
ロベルトより強い人間などそれこそごまんといる。私でなくてもよいはずだ。
……ダンボールに入れて置いておいたら、誰か貰っていってくれないだろうか。
リリアに気づかれないようまたため息をつき、私は再びカフェオレを啜った。
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