第110話 違う。お前じゃない。

「……ロベルト」

「……3人でしょうか」

「惜しいな、4人だ」


 目当ての店に近づき、路地を折れたところで私とロベルトは立ち止まった。

 隣を歩いていたリリアの手を取り、引き留める。


「狙いは聖女か?」

「……俺かもしれません」

「誰が護衛だと?」

「申し訳ありません」

「え? え??」

「リリア、私の後ろに」


 そっとリリアを背に庇う。彼女は不安げに私を見上げていた。


「敵だ」


 小さくつぶやく。リリアは息を飲み、ロベルトは頷いた。


 警邏の騎士は帰ったが、ロベルトの護衛はまだ残っている。

 にもかかわらず今仕掛けてくるということは、それほどの考え無しか……この程度なら突破できるほどの手練れか、だ。


 私は護身用のナイフくらいしか手持ちがないが、ロベルトや護衛は佩剣している。

 こちらの方が数でも勝っているし、まぁ、問題ないだろう。


 路地にはいくつも木箱が積まれていた。ポケットに手を入れる。

 先ほど立ち寄った店でもらったおつりの硬貨のうち、一番大きなものを手に取る。


 このあたり、ノーブルでファビュラスとは言い難いので今後リリアの前では要改善である。

 あと、うっかり忘れてポケットに物を入れたまま洗濯に出してしまうと侍女長にお小言をくらう。


 硬貨を指でピンと弾き、近くにあった木箱の向こうに飛ばす。

 ざっと砂を踏む音がして、木箱の影から人影がまろび出てきた。

 黒装束、体つきからして男。傭兵というよりか忍者然とした見た目だ。

 果たしてロベルト狙いか、リリア狙いか。


 姿を見せたということは。


「ロベルト、後ろは任せたぞ」

「! はいっ!」


 交戦開始だ。


 キンッと金属同士が触れ合う音がした。背後で、ロベルトの護衛と後ろから仕掛けてきた敵が刃を交差させている。


 左右の屋根の上からも、人の気配が落ちて来る。


 前方に姿を現した男が、一足で距離をつめて私の眼前に身を躍らせる。

 こちらに軌道を見せないよう大きく振りかぶられた腕の先に、わずかに白刃が煌めくのが見えた。


 その動きをかわすように半身をスライドさせ、身体に引きつけた脚を前方に踏みつけるように繰り出す。

 相手も空中で身をよじるが、その程度の動きは私の自慢の長い脚の前では誤差である。

 鉄板を仕込んだシークレットソールのブーツで、短剣を握ったその手を壁に縫いつけた。


 男が次の動きを繰り出す前に、壁に着いた脚を支点に、相手の顎を思い切り蹴り上げる。

 そのまま壁を駆け上がるように宙返りして着地、後ろを振り向きざま、脇を締めて掌底を繰り出す。

 交戦中のロベルトに切りかかろうとしていた、別の男の頤にヒットした。

 対峙していた男を伸したロベルトが、すかさず追撃をかける。


 路地は狭く、横合いから現れた2人は建物の屋根から飛び降りてきたのだろう。予期せぬ襲撃に狼狽えてもおかしくはない。

 しかしロベルトは自分が相手をした男をきちんと沈めて見せた。

 息も乱れていないし、表情にも余裕がある。私が倒さなくても、もう1人にも十分対処できたのではないだろうか。


 しかも目に見える敵を排除した後も、周囲への警戒を怠っていない。彼の横顔から油断や隙が感じられないのだ。

 思わぬ形で弟子の成長を目にして、目頭が熱くなる。

 立派になったな、ロベルト。もう誰にもチョロベルトなどと呼ばせないだろう。

 呼んでいるのはおそらく私だけだが。


 背後から護衛騎士が駆け寄ってきて、倒れた男たちを捕縛する。彼らも自分たちの役目はきちんと果たしたようだ。


「怪我はない?」

「は」

「はいっ!」


 私が振り向いて問いかけると、ロベルトが元気にお返事した。

 違う。お前じゃない。


「リリア、大丈夫だった?」

「は、はい! バートン様が守ってくださったので……」


 改めてリリアに問いかけると、少しおびえた様子だったが頷いた。まったく、嬉しいことを言ってくれる。

 鍛えていた成果が出せて私としても大満足だ。今夜はお赤飯だな。


「ロベルトも、ありがとう」

「たい……バートン卿なら、一人でも十分だったでしょう」

「ひ、1人でも、ですか?」


 リリアがロベルトの言葉に反応する。

 ロベルトは先ほどまでの眼光鋭さはどこへやら、また目をキラキラさせて語り始めた。何故お前が自慢げなんだ。


「ああ! いつも訓練場では候補生5、6人一度に相手にされるのが普通だし、腕利きの教官たち3人がかりでも全く歯が立たない。おそらく先ほどの相手程度なら20人いたってバートン卿には敵わないだろう!」

「は、はぁ……」

「いや。リリアを危険に晒さずに済んだのは君たちのおかげだよ。ありがとう」


 すごい勢いでリリアに詰め寄るロベルトをやんわり引き離す。

 リリアが完全に引いた顔をしていた。


「しかし……」

「どんなに強くても、1人は結局1人だろう。数の利点が生きる場面はどうしたって多い。だからこそ私たちは騎士ではなくて、騎士『団』なんだ」

「!」


 ロベルトが目を見開いた。

 何となく「私たち」とか言ってしまったが、正確に言えば私は別に騎士ではない。

 まぁ、こういうのは雰囲気である。ワンフォアオール、オールフォアワン。大体そんな感じだろう。知らんけど。


「礼を言っているんだから、素直に受け取れ」

「は、はい!」


 ロベルトはまたキラキラが突き刺さるような笑顔で頷いた。


 一番活躍したのは私だろうが、きちんと他人の力も認める器の大きさを見せておく。

 器の小さい男より、器の大きい男の方がモテることは自明である。

 あと、ありがとうとごめんねを言える男の方が、女子ウケが良い。


「リリアもびっくりして疲れただろう? どこかで休憩しようか」

「きゅ、きゅうけい!?」

「カフェまでもうすぐだけど、歩けそう?」

「あ、は、はひ、歩けます! 大丈夫です!」

「では行きましょう!」


 さりげなくリリアの肩を抱いて歩き出したところ、ロベルトが意気揚々と私たちを先導する。

 いや、お前は本当に空気を読んでくれ。どう考えてもここで解散の流れだろう。


「すぐそこだから、もう護衛は大丈夫だよ。君の護衛がさっきの奴らを騎士団の詰め所まで連れて行くみたいだから、一緒に行った方がいい」

「数の利点が生きる場面があるかもしれませんので!」

「…………」


 ロベルトの癖に小賢しい真似をする。

 指でロベルトを呼び寄せ、耳打ちした。


「……お前、甘いもの苦手だろう」

「俺の苦手なものまで覚えていてくださるとは! 感服しました!」


 喜ばれてしまった。まったく意に染まない。

 実際のところ、ゲームの設定ではそうだったなと思い出しただけで、彼と好き嫌いについて直接話した記憶はないのだが。


「ケーキが有名なカフェだから、君には合わないと」

「大丈夫です! その店、コーヒーも有名だとフランクから聞きました。俺はコーヒーでも飲んでいますので!」


 まったく悪意のない顔で笑うロベルト。本当にただ空気が読めないだけのやつだった。


「エリザベス様」


 どうしたものかと思っていると、ロベルトの護衛の1人に小声で袖を引かれた。


「今から事情聴取に同行する者、城に報告に行く者、殿下の護衛を続ける者に分かれます。殿下の警護が手薄になりますので、私どもが戻るまで殿下をお願いできませんか」

「見返りは?」

「今度酒でも奢ります」

「貴方がた、私が未成年だって忘れてますね?」


 ついでに公爵令嬢だというのも忘れられている気がする。


 リリアとロベルト、護衛たちを見渡し、私はため息をついた。

 さっきの連中がロベルト狙いだった可能性もある。何かあったらさすがに寝覚めが悪いし、リリアが気にしてしまうかもしれない。

 人というのは死んだら美化されると言うしな。


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