第109話 この程度で挫けてなるものか

「たいちょ――――!」


 キラキラが突き刺さるような声がした。振り返れば案の定、こちらに駆けてくるロベルトの姿があった。

 返事をせず睨みつけてやると、私の隣に立つリリアに気がついたのか、ロベルトは露骨に「やべっ」という顔をする。


 すぐ傍まで来て、ロベルトは逡巡した後、今の呼びかけなどなかったかのように私に声をかけた。


「バートン卿、どうしてこんなところに?」

「……リリアと一緒に買い物でもと思ってね」


 隣に立つリリアに視線を向ける。街デートのイベントを狙ってリリアを誘ってみたのだ。

 一応メインの目的はウインドウショッピングと流行りのカフェということになっているが、おそらく彼女も何かしらのイベントを期待していることは間違いないだろう。


 ちなみに今日のリリアは淡い水色のストライプ柄のワンピースだ。

 夏らしいし、清純派という感じがしてとても良い。ハーフアップの髪型もすっきりとしていて爽やかだ。

 あと顔が良い。何度見ても顔が可愛い。


「そういう君は?」

「はっ! 自分は騎士団の警邏に同行させていただいていたところです!」

「そうなんだ。精が出るね」

「はいっ! やはり騎士団の方々の動きは参考になります! 先ほどもスリの一味を捕まえる際、後衛を任せていただいたのですが……連携がとれた動きは素晴らしかったです!」


 騎士団の素晴らしさをご機嫌で報告してくるロベルトだが、私は別のところに気を取られて話が入ってこなかった。


「スリ? いま、スリの一味といったかな?」

「は、はい。ですがすでに全員捕らえられましたので、心配はご無用です」


 胸を張って答えるロベルトに、リリアが小さく「えっ」と呟いたのが聞こえた。

 そう。スリはイベントに必要なファクターだった。

 それがすでに捕らえられてしまっているようでは、イベントの起きようがない。


 ゲームでは、クリストファーとの街デートイベントで、主人公がスリに遭いそうになる。

 それをクリストファーが未然に防ぎ、普段のふわふわした弟キャラのクリストファーではなく、意外と腕っ節が強い彼の姿に男の子らしさを感じて、主人公もといプレイヤーはきゅんとなる、という寸法である。


 クリストファーも騎士団候補生の訓練に来てだいぶ揉まれていたし、見た目よりかは戦える方かもしれないが……私の方が、間違いなく強い。


 そもそも剣術はこういったイベントを颯爽と格好よくこなすために始めたのだ。

 乙女ゲームの攻略キャラたちはたいして強そうに見えないキャラでもやたらと腕が立つという設定がついて回る。

 今回のようなスリ撃退やナンパ撃退に始まり、暗殺者や傭兵の手合いを相手取るようなアクション系のイベントが随所に散りばめられていた。


 ただでさえ顔面偏差値は向こうの方が上なのだ。彼らと張り合うには、強さで負けるわけにはいかないだろう。

 ……まぁ、途中から身体を鍛えるのが趣味になっていたので、そればかりが理由ではないのだが。


 しかし、すでにスリが捕らえられているとは。内心舌を打つ。

 本来ならこのまま別の……聖女誘拐を狙う豪商の傭兵あたりにターゲットをシフトしたいところだが、今私たちと会話をしているロベルトが身にまとっているのは騎士団候補生の制服だ。


 少し離れたところでは、顔見知りの警邏の騎士がこちらに敬礼しているし、控えているロベルトの護衛も私の視線に気づくと会釈を返してきた。

 どう見ても騎士団と知り合いだ。


 そんな相手を、わざわざ騎士団が近くを見回っている今日、襲うような輩がいるだろうか。

 答えは否である。


 これを回避するには、待ち合わせの時点でリリアがナンパされるのを待つという選択が正しかった。

 だがその時点の私にとっての本命はスリ事件ないしは誘拐未遂事件だったので、ナンパを待つよりリリアを待たせないことを選択した。

 こうなることは予測不能であり、決して責められる選択ではないだろう。


 長々言い訳をしたが、要は失策だった。

 過ぎたことをくよくよとしても仕方がない。せいぜい楽しくデートをすることにしよう。


 スリ関係のいざこざがなくなるのであれば、時間に余裕も出来るはず。

 予定通り通りを冷やかして、気になっていたカフェでおいしいケーキをアテにコーヒーでも飲もう。


「た……バートン卿? どうかされましたか?」

「いや、大捕り物だったんだろう? 怪我人は出なかったのかなと思って」


 うっかり一時停止してしまい、ロベルトに気遣わしげに声を掛けられてしまった。

 何でもないようなフリをして、それらしいことを言っておく。


「は! それは問題ありません。街の方々にも、騎士団にも怪我人は出ておりません。……ああ、スリの一味は打撲程度の怪我はしたかもしれませんが」

「そうか、よかった。やはり騎士団は頼りになるね。憧れてしまうよ」

「ば、バートン様なら」

「隊長は立派な騎士です! 俺の知る、誰よりも、最高の!」


 リリアの言葉に被せるように、ロベルトが大きな声を出した。

 女性の言葉を遮るとは、紳士の風上にも置けない振る舞いである。

 あまりに勢いがよかったので、私だけでなくリリアも彼を見た。

 視線が集まったことでさすがに彼もまずいと思ったのか、ロベルトは声のトーンを一段下げ、慌てた様子で取り繕う。


「あ。ええと、だから……俺は、隊長は騎士になるべきお人だと」

「え――と……ありがとう、ロベルト。じゃあ、私とリリアはこれで」

「あ、お、俺も! お供します!」


 さらっと別れようとしたところで、空気の読めない奴が空気の読めないことを言い出した。

 何故気遣いが出来て空気が読めない。


 リリアから死角になる角度で彼を睨み、視線で「邪魔すんな」を訴えにかかる。


「……君、警邏の途中なんじゃなかったのか?」

「連行に付き添って戻ってきただけなので、この後は五月雨解散でよいと」

「……行くのは女の子が好きそうなお店だからなぁ。君が来ても楽しくないかもしれないよ」

「か弱い女性をエスコートするのも騎士の務めです! 教えてくれたのはたい、……バートン卿ではないですか!」


 胸を張るロベルト。確かにか弱い女性と一緒だが、お前より力強い私が一緒の時点で護衛もエスコートも必要ない。

 どう考えてもお邪魔虫である。


「国の第二王子に護衛をさせるというのは、どうかな」

「将来俺が騎士になれば普通のことです」

「君の練習に付き合えと」

「最近、訓練場に顔を出してくださらないので」


 捨てられた子犬のような目で見られた。何とも情けない顔である。

 確かに言われてみれば、リリアと会ったり殿下に付き合わされたりで何かと忙しく、訓練場にはあまり行っていないかもしれないが……そんな顔をしなくても良いだろう。


 私よりガタイが良いくせに、うるうるした目で見つめてくるのはやめていただきたい。

 リリアがいなかったら、肩を掴んでその顔をやめろと揺さぶっている。


「……わかったよ」


 結局私は折れた。


 あまり邪険にするのもリリアの手前印象が悪そうだし、仕方がない。

 邪魔が入るのは想定内だ。この程度で挫けてなるものか。


「店の前までだぞ」

「はい!」


 私の言葉に、ロベルトは嬉しそうに返事をした。


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