第103話 無防備な表情にドキドキ☆という展開

 私がピクニックにと選んだ場所は、王都から少し離れた草原だった。近くに湖畔や森もある。


 リリアを迎えに行ったところまでは良かったのだが、彼女を乗せようとしたところでお嬢さんが機嫌を損ねてしまってひと悶着あった。

 殿下を乗せた時には何も問題がなかったので、2人乗りが嫌なわけではないのだろうが……もしかして、馬まで「イケメンしか乗せたくないわ!」とか言いだす面食いなのだろうか。だとしたら何とも世知辛い。


 結局クリストファーの乗ってきた馬と交換することで事なきを得た。

 お嬢さん以外の馬に――というか動物全般に――蛇蝎のごとく嫌われている私だが、リリアの方は動物に好かれる性質らしく、リリアと一緒であれば私も乗ることが出来た。

 動物に好かれるとは、とても聖女らしいし主人公らしい属性である。


 2人きりではなくなったことを悔やんでいたが、クリストファーが来てくれていて結果的に助かった。

 持つべきものは弟である。


 すぐ近くの街に馬を預けて、草原まで歩いてきた。

 かなり広い範囲に芝生が広がっていて、深呼吸したくなるような清々しい風景だ。

 小高い丘を登って、三人で腰を落ち着ける。リリアの座るところにはハンカチを広げてやった。


 攻略対象と主人公がピクニックをするイベントはいくつかある。

 例えば、ロベルトのピクニックイベントでは、リリアの膝枕でロベルトが眠ってしまい、いつもと違う無防備な表情にドキドキ☆という展開……なのだが。


 弟の前でそれをやるのが果たして正解なのか?

 リリアのほうもそれはさすがに恥ずかしいのではないか?


 イベントを知っているはずのリリアと、私の間に妙な緊張感が生まれる。

 お互いがお互いの次の一手を読もうと全神経を集中させている。さながら熟練の騎士の試合のようだった。

 どうする? やるか? やめておくか?


「わー! 気持ちいいですね。ほら、先輩も」


 そんな私たちの事情などお構い無しに、クリストファーは伸びをすると、そのまま芝生に寝転んだ。


「こら、行儀が悪いよ」

「先輩には言われたくないです」

「昔はかわいかったのに。いつからそんなに生意気になってしまったのやら」


 頬を膨らませるクリストファー相手に、わざとらしく肩を竦めてため息をつく。

 私とクリストファーのやり取りを見て、リリアはクスクスと笑っていた。


 さやさやと吹く風は心地よく、座っている芝生は乾いていて、やわらかい。

 確かに寝転がって空を見上げたら、たいそう心地が良いだろう。

 よし。膝枕は諦めよう。

 芝生の誘惑に負け、私はチキった。


「リリア」

「はい?」


 そっとリリアの手を握る。

 リリアの頬が朱に染まった。


 その手を引いて、軽く万歳の姿勢を取ったあと、ぱたんと背中から芝生に倒れこむ。

 私に引っ張られて、リリアも一緒に芝生に倒れた。


「きゃっ」


 リリアはきゅっと両目をつぶっている。どうやら驚いたらしい。

 目をつぶっていても可愛らしいので、神様は罪な生き物を生み出したものだな、と思う。

 リリアから空に視線を移した。


 抜けるような青空に、白い雲がゆるやかに流れていた。

 時折風がそよぎ、草花と太陽の匂いがさわやかに通り過ぎる。

 もう季節は夏になるはずだが、気温変化が前世の日本よりだいぶ緩やかなので、まだ十分行楽日和といった気候だ。


 深呼吸をすると、肺が洗われていくような心地がする。

 この世界、都会だろうと特に排気ガスとかないはずだけれど。


「あはは。確かにこれは気持ちがいい。ね、リリア」

「…………」


 問いかけるも、リリアの返事がない。


 芝生は柔らかいし、勢いがつかないよう力加減をしたのでどこか痛めたわけではないだろうが……

 心配になって横を向くと、顔を真っ赤にして私を見つめる彼女と目が合った。


「……リリア?」


 わざと余裕たっぷりに、優しく微笑んで見せた。

 十分茹蛸のようだったリリアの顔が、さらに赤くなり、ぼふんと湯気が出そうだ。


「そっ、そ、そそそそ、そうで、すね!」


 勢いよく上を向いたリリアの返事は非常に不自然だったが、私は気づかないフリをした。

 無意識だったが、飾らない表情がよかったのかもしれない。何がどうツボに入るか分からないな。


 横目で窺うと、リリアはしばらく挙動不審だったが、やがて空の青さに気づいたようだ。

 あっと驚いたような表情になり、しばらく雲を眺めた後でまぶたを閉じた。

 私も、視線を空に移して目を閉じる。すがすがしい空気の香りと、柔らかな風が頬を撫でた。

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