第102話 お決まりのデートイベント

 正面玄関で愛馬お嬢さんに取り付けた鞍と鐙を確認していると、屋敷の中からクリストファーが現れた。


「姉上。どこに行くんですか?」

「ああ、ちょっとこれから、リリアとピクニックに」

「ピクニック?」


 私が鐙を調整しているのを見て、クリストファーが首を傾げる。


「リリアさんって、乗馬、得意なの?」

「いや? 学園に来て初めて乗馬をしたそうだから……ああでも、今日は私の馬に乗せるから問題ないよ」

「えっ、姉上の?」


 目を丸くするクリストファーに、私は頷いて見せる。


 中世ヨーロッパ的乙女ゲーム世界でのデートと言えば、馬の2人乗りは外せない。

 前に乗せてよし、後ろに乗せてよし。どちらにしても密着度の高いドキドキの時間をお届けできる。 

 ゲームの中でも、攻略対象がリリアと馬に乗るイベントが複数存在するくらい、お決まりのデートイベントなのである。


 あと、やはり足がある男とない男なら、足がある男の方がモテる。

 バイクしかり、車しかり……乙女ゲーム界隈で電車移動のデートが許されるのは高校生までだろうな。


「大丈夫ですか? 2人乗りでは馬に負担が掛かるんじゃ……」

「大丈夫、リリアは羽のように軽いから」


 ね、とお嬢さんに話しかけた。彼女はフルルと小さく鳴いて返事をする。

 殿下と2人乗りしたこともあるので、問題ないだろう。最近はさすがに殿下も大きくなったので、2頭で行動しているけれども。


「で、でも……」


 ちらちらと私を見るクリストファー。

 何を言いたいのか分からなかったが、その視線ではっと気がついた。


「いや、クリストファー。いくら私の筋肉量が多いからと言って、さすがに成人男性より重いということは……」

「ち、違います! そうじゃなくて……えーと。馬車の方が……」

「馬車より馬に乗る方が好きなんだ。地に足がついている感じがして」

「馬車だって地に足はついていると思うんですけど……」


 しばらくへどもどしていたクリストファーが、ぱっと顔をあげて言う。


「心配なので、ぼくも行きます!」

「えっ」

「ぼくが行けば、代わりの馬が1頭出来ますから。姉上の馬が疲れたら、帰りはぼくの馬を使って帰ればいいんですよ」

「そうかもしれないけど。君にそんな迷惑は」

「迷惑だなんて思ってないです! ぼく、姉上の役に立ちたくて……だめ、ですか……?」


 すっかり大きくなったと思っていたが、上目遣いで見上げられると、彼がまだ家に来たばかりのころの表情と良く似ている気がして、過去と現在がオーバーラップする。

 潤んだ蜂蜜色の瞳は庇護欲をそそり、私にはないものと思っていた母性――ないしは姉性?――がくすぐられてしまう。


 その後もしばらく押し問答をしたが、結局妙に頑固な義弟を説得することが出来ず、同行させることになってしまった。

弟とはいえクリストファーも攻略対象だ。私とリリアの仲を邪魔して来るのは想定内だ。

もちろん2人きりがベストだが、3人では何もできないと言っていては始まらない。


 めげない、しょげない、である。

 まぁ、これまでの半生であまりめげたこともしょげたこともないのだが。


 それにしても、姉だし騎士宣言をしているので私のほうが保護する立場であるはずなのだが、何かと心配ばかりされている気がする。

 お兄様が家にいることが少なくなった分、「リジーをよく見ておいてね」とか言われているのだろう。目に浮かぶようだ。


 私も私で、彼はいくつになっても弟であり、家族の厚意をなかなか無碍にはしがたく――あとお兄様に言いつけられると怖いので――最後には折れてしまうのだ。

 遠慮がなくなったのは、家族としては喜ぶべきことなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る