第95話 懺悔室 その2

「それは恋ですね」


 リリアが声を発した。

 慌てて目を向けると、アッと小さく漏らして、口を覆う。どうやら思わず言ってしまったらしい。よくそこで口を挟めたな。

 この主人公ヒロイン、時々私でも予想できない豪胆さを見せるのでびっくりしてしまう。


 いや、言ってしまったものは仕方ない。どうにかリカバリしよう。

 壁に貼ってある紙の決まり文句を指さし、リリアに視線を送る。

 相談しに来た信者の方には申し訳ないが、さっさと最後のお決まりの言葉を言ってお帰りいただこう。


 彼女も私の意図を読み取ったらしく、こちらを見てうんうんと頷いた。


「恋? ……これが、恋……なのか……?」


 呆然としたような呟きが、壁の向こうから聞こえてくる。

 呟きには反応せず、リリアはごほんごほんと咳払いをした後で、カンペどおりの言葉を告げた。


「神はあなたを赦すでしょう。共に祈りましょう。礼拝堂へどうぞ」

「……失礼。私も、神に打ち明けたい罪があるんだ。このまま聞いていただいても良いだろうか」

「え?」


 壁の向こうから、先ほどとは違う男の声がする。おそらく一緒に入った兄の方だ。


 リリアが困った様子で私に視線を送ってきた。

 とりあえず、手で丸を作ってリリアに見せる。

 ここが教会であり懺悔室である以上、迷える信者に「ダメです」とは言わないはずだ。いや、知らんけど。


 リリアは私を見て頷くと、真面目くさった声で言う。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 リリアの許可を得て、2人目の男が話し始めた。


「神よ、どうかお許しください。私は……弟の婚約者を愛してしまいました」

「え」


 壁の向こうで聞こえた驚愕の声と、リリアの小さな声が重なった。

 いや、これはリリアが悪いとは言い難い。むしろ私はよく堪えた。

 

 しかも壁の向こうのもう一人の男も初耳だったらしい。急に話がドロドロしてきた。

 こんなところで修羅場はやめていただきたい。

 壁の紙にはさすがに修羅場の対応方法までは載っていなかった。

 

 2人目の男は、驚きの声を無視して懺悔を続ける。



 ◇ ◇ ◇



 最初は弟の婚約者であると、距離感を弁えて接していました。


 当時の私は今にして思えば、捻くれた子供でした。

 勝手に自分の将来を悲観して、世の中にはつまらないことばかりだと、何か悟ったような気になっていました。

 しかし彼女は私の悩みを取るに足らないものだと笑い飛ばし、私を広い世界へ連れ出してくれたのです。


 彼女が私に生きる意味を与えてくれました。

 世界がこんなにも美しく、明るく、尊いものだと、私は知ることが出来ました。

 そんな彼女に私が惹かれるまでに、時間はかかりませんでした。


 それでも、自分の気持ちに蓋をして過ごしました。これは恋などではないと自分に言い聞かせて過ごしました。

 ですが、諦められなかった。日に日に彼女の存在が自分の中で大きくなっていきました。

 そんな時、彼女が弟との婚約の解消を望んでいることを知ったのです。


 神よ、お許しください。私は邪な気持ちでもって、弟と彼女との婚約解消を父に進言しました。

 本人の望みとはいえ、私欲のために、私もそれに賛同しました。


 一時的に彼女と離れることになり、戻って来られるかも分からない旅に出ることになりましたが……それでも、いえ、会えないからこそ、より彼女への気持ちは募りました。

 そして戻って来たときに、彼女と弟が婚約を解消したことを知りました。天啓だと思いました。


 もう自分の気持ちに蓋をする必要はなくなりました。

 私と彼女の間を阻むものは何もありません。……仮にあったとしても、乗り越えてでも振り向かせると決めました。


 今日私は宣言します。これからは彼女の心を射止めるために、全力を尽くすと……神に誓います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る