第94話 懺悔室 その1

 懺悔室の、神父側の部屋に2人で入る。

 躊躇うリリアを「君を一人にするわけにはいかないからね」とか何とか理由を付けて丸め込んだ。

 リリアもこれがイベントだと思っているようで、あっさり丸め込まれてくれた。チョロすぎて少々心配になるくらいだ。


 本来1人で入るはずの部屋なのでそこそこ狭いが、リリアが小柄なので並んで座る分には問題ない。

 何なら狭い方が自然に密着できるので、私にとっては都合が良い。


 中には神父様の言う通り紙が貼ってある。

 基本的には黙って信者の懺悔を聞く。信者から質問を受けた時だけ返事をする。

 最後は「神はあなたを赦すでしょう。共に祈りましょう。礼拝堂へどうぞ」で締めくくる。

 ちなみに重大な犯罪に関する懺悔だった場合は、音を立てないようにそっと外に出て衛兵を呼ぶらしい。……そんなパターンもあるのか。


 リリアは頼まれたのが嬉しいらしく、気合十分と言った様子だ。微笑ましい限りである。

 まぁ、正直言ってお祭りのようなことをやっているような日にわざわざ懺悔しに来るような人間がそうそういるとは思えないのだが……リリアのためにも、1人くらいは来てほしいところだ。


 少し待っていると、がたがたと反対側の部屋の扉が開く音がする。

 壁で仕切られているので向こう側の様子は分からないが、壁の一部は四角く窓のように切り抜かれていて、カーテンで覆われているだけになっているので音はよく聞こえた。

 壁の向こうで、声がする。


「いや、これは2人で入る広さじゃない。私は外で待っているから」

「いえ、護衛対象が離れると迷惑が掛かりますから、兄上もご一緒に」

「私が迷惑なのだけど……」


 声からして、2人。どちらも若い男だ。「兄上」と言っているから兄弟だろう。

 「護衛」がついているようだから、貴族か裕福な商人……といったところか。

 反対側の部屋も私とリリアがいる部屋と同じくらいの広さだとしたら、男2人では相当狭いに違いない。


「……分かった、分かったからその顔をやめろ。早く済ませたまえ」

「はい!」


 一瞬、部屋の中に沈黙が満ちる。リリアが緊張した面持ちで、ごくりと息を吞んだ。

 壁の向こう側、男の1人が懺悔を始めた。



 ◇ ◇ ◇



 神よ。俺の罪を、どうか聞いてください。


 俺には婚約者がいました。強く、気高く、誰からも尊敬されるような、そんな人物でした。

 傲慢で、何の取り柄もなかった俺が……兄と自分を比べて、逃げてばかりだった俺が、前を向けるようになったのは彼女のおかげです。

 彼女は俺の憧れでした。


 だからこそ、俺は自分から彼女の婚約者の座を降りました。

 弱い自分では彼女の隣に並び立つのに相応しくないと。彼女に認めてもらうには足りないと。そう思ったからです。

 もっと強い自分になったとき、いつか彼女の隣に立てたらと……お互い支え合うような、そんな存在になれたら、俺はそれで満足だと、そう思っていました。


 ですが、彼女と2人で過ごす時間が増えて……その時間がとても心地良くて、幸せで……いつまでもこの時間が続けばいいと、そう思うようになりました。

 いつかではなくて、今も、彼女の隣にありたいと……欲深くも、思ってしまいました。


 そんなとき、彼女に言われました。俺を共にあるべき仲間だと思っていると。俺は、すでに彼女に認められていたんです。

 なのに、俺は喜べなかった。それどころか、何かを見失った気すらしました。

 俺がずっと目指してきたものが、手の中にあるはずなのに。ずっとそうなりたかったはずなのに。


 俺はそこで気がつきました。俺は、彼女に認められるだけでは足りなかった。

 彼女と共に並び立つ仲間の1人というだけでは、満足できなかった。

 彼女の隣に立つ、たった1人になりたかったのだと、気づきました。

 俺は、彼女のたった1人になる権利を手放した後で、気づいたのです。


 そしてそれをいともたやすく成し遂げている者を……俺よりもか弱く、彼女といた時間も短いはずなのに、彼女が自らの隣にと選んだ者を……妬んでしまいました。

 同時に、すべてを手放してからその価値に気づいた自分を恨みました。


 親が決めた婚約者でもいい。そこにあるのが愛でなくてもいい。

 それでも、俺のもとに繋ぎ留めておけばよかったと……そのような感情が、今も胸の内で溢れて、止まないのです。


 この感情を何と呼ぶのか、俺には分からないのですが……




「それは恋ですね」

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