第93話 順調に攻略してもらえている
「あ、あの! バートン様……こ、これ!」
教室でリリアから渡された招待状を見て、私は内心ガッツポーズをする。
教会で催される大々的なチャリティーイベント――通称教会イベントの招待状で、ゲーム内では好感度を上げたいキャラクターを選んで渡すものだ。
つまり、リリアは私の好感度を上げたいと思ってくれている。
順調である。順調に攻略してもらえている。
中間試験の結果も予定通りの位置につけられたし、文句なしだ。
ちなみに、今回の試験は見事アイザックが1位へと返り咲いた。
リリアからしてみれば当然の結果だろうが、実際のところはいろいろあったので感慨深いものがある。
……何故かロベルトが山籠もりしていた割にいい成績だったのは納得いかないが。
剣術大会からこっち、少し様子がおかしいのでまた「有能なロベルト」になっている可能性がある。
不安要素があるとすればそこだろう。
「せ、聖歌隊とか、楽団の演奏もありますし、ば、バザーとかもありますし、貴族の方も、たくさん見えますし、おすし」
最後の一言は聞かなかったことにした。
惜しい。何故今お寿司を我慢できなかったんだ。
どうしても言わなくてはいけなかったのか、それは。
「わ、わたしも一応、みんなの前で、お祈りを捧げることになっていて……ほんと、手をこう組んで、俯くだけなんですけど。も、もし、よろしければ」
「もちろん。私が君の誘いを断るはずないだろう?」
ちらちらと私の様子を窺うリリアの手から、招待状を受け取る。
ほっとしたように微笑みを見せるリリア。見るたびに感動を覚えるほど可愛らしいので本当にびっくりする。
主人公らしくしようと頑張っている姿ももちろん可愛いが、ふとしたときに見せる素の表情まで愛らしいので時々当てられそうになる。
うっかりすると顔が溶けそうだ。
招待状を眺めながら、ゲームの中の教会イベントを思い出す。
孤児院の子どもと戯れるロベルト、パイプオルガンを弾く殿下、バザーを手伝うクリストファー、神父のコスプレをするアイザック……いや、最後のは二次創作だった気がする。
「楽しみにしておくよ」
誰のイベントを横取りするかを考えながら、リリアに微笑みかけた。
……パイプオルガンは無理だな。一瞬で「弁償」の二文字が脳内を駆け巡った。
◇ ◇ ◇
リリアと約束をした日、教会に足を運んでみれば、まだ朝の時間帯にもかかわらずかなり賑わっていた。
食事を配っているところもあるようで、ふわりと食欲をそそる匂いが届く。
こういう場合も、炊き出しというので正しいのだろうか。
「やあ、リリア。今日はお招きありがとう」
「い、いえ、そのあ、あの、こちらこそ」
「そのワンピース、可愛いね」
私が言うと、リリアは頬を染めて俯いてしまう。
出会い頭にとりあえず女性を褒めるのは貴族の礼儀なので、そのくらいは笑顔で躱せるようになってもらいたいところだ。
いや、一生懸命口説いている側としては別に都度初々しい反応をしてくれたっていいのだが。
今日のリリアは、ふわりと裾が広がった形の、ひざ丈の白いワンピースだった。
白いワンピースというのはつくづく、美少女と幽霊にしか許されない衣服だなと思う。
「き、今日は、これもあるんです」
リリアがさっと手に持ったヴェールを見せた。なるほど、それを被るとシスターっぽくなる気がする。
リリアの案内で、教会の中を見て回る。バザーを眺めたり、ステンドグラスに見惚れたり、聖歌隊の歌を聞いたり。
頻繁に出入りしている教会だからか、リリアも普段よりリラックスしているように見えた。充実したデートである。
だが、イベントらしいことは起こらない。リリアも途中からだんだんとそわそわし始めた。
バザーを手伝うよう声を掛けられることもなかったし、孤児院の子どもたちに捕まることもない。
いや、壊すのが恐ろしくてパイプオルガンには近づいていないのだが……そろそろそちらに足を伸ばさないといけないだろうか。
一瞬、ふっと弱気が頭を掠める。
もしかして、私が攻略対象ではないから……この世界に攻略対象として認識されていないから、イベントが起きないのだろうか。
しかし、私はその弱気を振り払った。起きないなら起こせばよい。今までもそうして来たし、これからもそうしていく。
世界などに頼っていては、それこそモブ同然の悪役令嬢に逆戻りだ。
さて、どうやってイベントを起こそうかと考え始めたとき。
「聖女様! ちょうどいいところに」
駆け寄ってきた男がリリアに声を掛けた。服装からして神父だろうか。
「神父様」
「すみません、少し席を外さなくてはいけなくなりまして……懺悔室の方をお願いできないでしょうか」
「懺悔室?」
「聖女様に聞いていただけるとあれば、迷える子羊たちもさぞ救われるでしょう。対応の仕方は中に紙が貼ってありますので」
私とリリアは顔を見合わせた。
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