第92話 ナイスアシストだ
さて、ゲームならば剣術大会のイベントはここで終わりになるのだが、現実はそうもいかない。
いかにお貴族様の学校といえど――いや、だからこそか?――学校行事のお片付けは生徒が行うものなのだ。
リリアと私、それにロベルトは倉庫に片づける荷物を運ぶことになった。
もちろん、リリアには重いものは持たせていない。
「ば、バートン様……きょ、今日の試合、すごくかっこよかったです」
歩きながら、リリアが私に話しかけてきた。
これは剣術大会のイベントで、主人公がロベルトに言う台詞だ。
「ありがとう」
「そうだろう! たい……バートン卿はとても格好良いんだ!」
私の返事に割り込むように、ロベルトが鼻息荒く言う。何故お前が自慢げなんだ?
「先ほどの試合の『斬鉄一閃』も素晴らしかった……強いことはもちろん、剣術に打ち込む真摯な姿勢、俺たちへの指導……どれをとっても理想的な教官だ。リリア嬢もぜひ訓練場に見学に来るといい」
「わ、わぁ! 行ってみたいです!」
勝手に私の技に名前を付けるな。
ぐいぐい来るロベルトに若干怯えながらも、リリアはきちんと主人公らしい台詞を返して見せた。頑張っているなぁ。
確かに、私の強さを見せるには訓練場に呼ぶのも悪くないかもしれない。部活のマネージャーのような感じだろうか。
タオルとはちみつレモンを差し入れに来るリリアを頭に思い浮かべたところで、自分が鬼軍曹だったことを思い出した。
いけない。せっかく学園ではナンパ系騎士様で通しているのに、これはちょっと、100年の恋も冷める可能性がある。
私は適当に笑いながら、「そのうちね」と返しておいた。ちなみに、お貴族様の「そのうち」は一生来ないものである。
私とリリアを見ていたロベルトが、ふと思いついたようにリリアに問いかける。
「そういえば、ずっと気になっていたんだが……リリア嬢はどんな武術を極めているんだ?」
「え?」
「見たところ、そこまで筋肉量があるとも思えない……合気道の類か? それとも、弓術等の遠距離型の武術だろうか?」
「え? あ、あの、特に……何も……?」
「何も?」
リリアが首を傾げながら返事をすると、ロベルトも怪訝そうな顔をする。
何を言っているんだ、こいつは。
全員頭にクエスチョンマークが浮かんでいる気がする。どうにも、話がかみ合っていないらしい。
不思議そうな顔をしたロベルトが立ち止まり、リリアから私に視線を移して、質問をぶつけてきた。
「た、隊長は……その者が強くなる見込みがあるからそうして目をかけているのではないのですか!?」
「え? 違うけれど……」
「え?」
「え?」
私とロベルトの「え?」が交互に響いた。
「で、では、何故、リリア嬢と一緒にいるのですか……?」
本気で分からないという様子で狼狽して問いかけてくるロベルト。
何故とは野暮だが、しかしナイスアシストだ。
ゲームの中では、悪役令嬢としてさんざん私がアシストしてやったのだから、たまにはいいだろう。
視界の隅にちらりとリリアを捉える。リリアはどこか期待に満ちたような瞳で、私を見上げていた。
「何故、か。改めて言われると、私にもうまく説明出来ないけれど……」
少し考えるような素振りで顎に手をやりながら、今度はしっかりとリリアに視線を向ける。
そして優しく、思わず溢れたとでも言うように、微笑んだ。
「不思議と、放っておけないんだよ。頑張り屋さんで一生懸命な彼女のことを。ついつい目で追ってしまうんだ」
そう、それはまるで、無自覚な好意の告白めいた言葉で。
「私は彼女に笑顔でいてほしいんだ」
リリアの頬が赤く染まり、瞳がきらきらと輝き出す。
この言葉に嘘はない。
主人公の行動は常に目を離すことなくチェックしているし、同じ世界に転生した同郷の女の子が楽しく笑顔で過ごせたら良いなぁと思う気持ちはある。
私の不利益にならない範囲で。
まぁ問題は嘘かまことかということではなく、私の方にこれが告白のように聞こえる言葉だという自覚が大いにあるところだと思うが。
「隊長……」
リリアと対照的に、私を呼ぶロベルトの表情は曇っていた。
迷っているような、縋るような目で私を見つめて、一歩距離を詰めてきた。
「た、隊長は、強い者よりも、弱い者が大切なのですか?」
「……騎士とは、そういうものだろう」
彼は、突然何を言い出すのだろうか。
リリアがいなければ叱りつけているところだ。こんな質問、騎士道以前の問題である。彼も当然、分かっているはずのことだ。
「か弱い者を守るのも、騎士の務めだ。私は君たちに、そう教えてきたつもりだったけれど」
「でも、……隊長の隣に並ぶために……俺は……」
「ロベルト」
彼の名前を呼ぶ。普段だったらしゃんと伸びるだろう彼の背筋は、そのままだ。
「君と私とは一緒に戦う仲間だ。国のため、王のため、そして国民を……弱き者を守るために戦う騎士だ。そういう意味では、君たちは十分、私の背中を預けるに足る存在だと思っている」
若草色の瞳が不安げに揺れている。そこに映る私は、彼を正面からまっすぐ見据えていた。
「そしてリリアは守るべき国民であり、この国にとって必要な聖女の素質を持つ女の子でもある」
ロベルトは、やがて苦しそうに私から目を逸らした。
いつもの彼とは違う元気のない様子に、私は内心首を捻る。いったい、何がどうしたというのだろう。
「私が君たちと共にあることと、リリアと共にあることは、両立するはずだ。違うか?」
「そう、ですね……」
ロベルトはそう頷きながらも、どこか納得していないように見える。
「その、はずなのですが……」
小さく呟いたロベルトは、それ以上は声をかけて来なかった。
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