第91話 「願い」じゃなくて「命令」じゃないか

 予想通り、剣術大会は殿下の優勝で幕を下ろした。

 まぁ、予定調和というやつである。


 殿下の腕前は随分前にロベルトとの一戦を見ただけだったが、その時から比べて格段に強くなっていると感じた。

 さすがに今のロベルトに勝つようなことはないだろうが、あの時よりもいい勝負になるのではないかと思う。

 病気が治って、元々の攻略対象的ポテンシャルを十分に引き出せるようになったというところだろうか。


「最後の詰めが甘かったな。気の緩みが見えた。反撃の隙を与えずに押していれば勝てた勝負だろうに」

「俺は途中で一度距離を置いた場面が気になりました。フランクの力があれば踏み込んだ方が相手にとっては脅威だったでしょう」

「あの場面では踏み込むと自分も相手の間合いに飛び込むことになるからな、安全策を取った……というより、日和ったな。あれは」

「ちょっと! たい……バートン卿! ロベルト! 聞こえてますからね!?」


 私とロベルトが敗因を分析していると、フランクが試合場からこちらを見上げて文句を言ってきた。


「大体、こっちはエキシビションマッチのときお前を応援してやったんだぞ! 俺のことも応援しろよ!」

「いや、だって真面目に見てたから」

「お前ホントそういうとこだぞ!」

 ロベルトを指さしてぷりぷり怒っているが、実際のところあと一歩で負けたことの八つ当たりだろう。

 これは精神面も鍛錬が足りていないようだ。


「鍛え直しだな」

「少しは労ってくれてもいいじゃないですか~!!」

「敗者にかける情けはない」

「お、鬼……」


 がっくり肩を落としたフランクに、私とロベルトは顔を見合わせて噴き出した。フランクもつられて苦笑いしたところで、優勝者の表彰のアナウンスが流れる。

 優勝のトロフィーを抱えた殿下が、すっと剣を抜いた。


 ん?

 何となく、今一瞬目が合ったような。


 というか、大会の慣習とは言え、殿下が願いを言う必要は無いように感じる。

 本来の権力構造から言って、本当にお願いされようものなら、我々下々の貴族が断れるわけがない。

 わざわざ大会の優勝者の権利を使うまでもなくそうなのだから、これ、意味がないのではなかろうか。

 王太子という立場を持つ人間の「願いごと」は、学園のちょっとしたイベントごとのオマケとしては重過ぎる。


 殿下が高く掲げた剣の切っ先を、こちらの方向に向けた。

 その延長線上を辿ると、どうやら私のいるあたりに向いている。

 私は殿下のアメジストの瞳を見返した。

 今の並びは、左からロベルト、私、リリアの順だ。


 ふむ。


「殿下」


 出来るだけこっそり、殿下に教えてやることにした。


「切っ先、ずれていますよ」

「は?」

「リリア嬢はもう少し右です」


 殿下の微笑みが、ぴしりと固まった気がした。

 それはそうだろう。一番いいところでポジション取りを間違えたのだ。恥ずかしくて笑顔も固まるというものだろう。

 ……つい親切に指摘してしまったが、ロベルトの方を指すように伝えた方がよかっただろうか。敵に塩を送ってしまったか?


 私の葛藤を知ってか知らずか、殿下はお綺麗な顔に貼り付けた微笑みを固めたまま、剣の角度を直すことなく言った。


「金輪際、私の前で誰かを恋人だと偽ることを禁ずる」


 しん、と辺りが静まり返った。

 ああ、なるほど。私は納得する。

 それは確かに私に切っ先を向けねばならないだろうな。悪いことをした。

 どうも私がリリアを恋人呼ばわりしたのがよほど腹に据えかねたらしい。


 本当はリリアに関する願いを言うつもりだったのを、「間違えていませんけど?」感演出のために挿げ替えたのかもしれないが……まぁ、そこは聞かないのがやさしさだろう。

 というか、これはやっぱり「願い」じゃなくて「命令」じゃないか。


「嘘のつもりはなかったのですが」

「冗談でも、だ」

「……分かりました」


 ちらりとリリアに視線を送る。彼女も私を見つめていたようで、一瞬目が合った。

 が、すぐに俯いてしまってもじもじしている。


 さりげなく彼女の手に触れ、するりと指を絡めた。リリアがはじかれたように顔を上げる。

 ちょうど二人の間、周囲の死角になっている角度を狙ったので、彼女以外はそうそう気づかないだろう。私は何でもないことのように涼しい顔を作っておく。


「本当の恋人が出来たときだけ、ご報告します」


 にこりと笑って答えれば、会場中からご令嬢の悲鳴が上がった。

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