第90話 出禁
控室でロベルトと健闘を称え合っていると――実質感想戦みたいになってきていたが――剣術の教師と学園長が飛び込んできて、来年の剣術大会出禁を直々に言い渡された。
模造剣でも鉄を切れるようなやつには危なくて試合などさせられない、とのことだ。
言われてみればそれもそうだな、と思った。一人だけ真剣で戦っているようなものだ。
そもそも、エキシビションマッチに参加できただけでだいぶ譲歩してもらったと思っている。
何より、私にとって大切なのは、ゲームの進行している今年の剣術大会で出番を作ることだった。
来年以降どうなろうが関係あるまい。
そう思ってはいはい言っていたのだが、ロベルトは納得がいっていない様子だった。
「対戦相手の俺が気にしていないと言っているのに、どうしてたい……バートン卿だけが出場禁止になるんだ!」
「そうは言いましても、御身に何かあっては」
「では俺も出場禁止にすればいいだろう!」
「いえいえ。今年は盛り上がりましたし、殿下の素晴らしい腕前を見たいという生徒も多いでしょう。ぜひ殿下には来年も……」
「そんな馬鹿な話があるか!」
ロベルトは今すぐにでも噛みつきそうな形相をしていた。
こういう表情をしていると、ゲームの中のロベルトと同一人物だったなぁと今さらながらに思い出す。ガタイが良い分、ゲームの彼よりも迫力がありそうだ。
背も高いし、腕っぷしも強いうえ、一応王族だ。すごまれたらさぞやりにくいだろう。学園長はおろか、剣術の教師もすっかり尻込みしてしまっている。
やれやれと肩を竦めてから、彼をなだめにかかることにした。
「よせ、ロベルト。私はいい。今年で十分楽しんだ」
私の言葉に、ロベルトは悔しそうに唇を噛んだ。
学園長はと言えば、私を信じられないものを見るような目で見ていた。
私が引いたのが意外だったらしい。それでは、まるで私がいつも無理を通させているようじゃないか。
心外だ。
「じゃあ……じゃあ、俺も来年までに模造剣で鉄を斬れるようになります! そうしたら俺も出場禁止になりますよね!?」
お前はどうしてそう斜め上方向の努力をしようとするんだ。
なかなか矛先を収めようとしないロベルトを、くいくいと指で呼び寄せる。
素直に寄ってきた彼に、耳打ちした。
「来年までに候補生に師範代を増やして、お免状持ちだけで『あぶれ者たちの剣術大会』でもすればいいだろう。もちろんこっそりでもいいし……」
ちらりと、学園長に視線を送る。ほんの一瞬のことなのに、彼は機敏にそれを察知して身を縮めていた。
「本会場を乗っ取ったっていい」
私の言葉に、ロベルトは目を見開いた。そして私の顔を見つめる。
にやりと不敵に口角を上げて見せれば、ロベルトの瞳から放たれたキラキラが私に降り注いだ。
「ほら、行くぞロベルト。第一試合が始まってしまう。アイザックの応援をしてやらないと」
「はい! お供します! どこまでも!」
嬉しそうに後ろをついてくるロベルトに、私は大げさなやつだなと苦笑いした。
◇ ◇ ◇
観客席を見て回り、リリアとクラスのご令嬢たちと合流する。
「バートン様も応援して差し上げて!」と謎のリクエストがあったので野次を飛ばしたらアイザックに睨まれた。
アイザックは案の定、1回戦で敗退していた。
クリストファーは2回戦に進んだが、そこで当たったのがうちの訓練場でも指折りの候補生だったので惜しくも2回戦止まりとなった。
「あいつ、また上手くなったな」
「フランクですか? 確かに今日は動きのキレもいいですね」
「フランク先輩は今年の優勝候補と言われていますのよ」
ロベルトと話していると、近くにいたご令嬢が教えてくれた。
なるほど、先輩と言うことは最後の剣術大会か。気合も入るわけである。
「お噂では、優勝したら想い人に交際を申し込まれるおつもりだとか……」
「きゃー! ロマンチックですわ!」
盛り上がるご令嬢たち。やれやれ。女の子というのはいつの世も、こういう話が好きなものらしい。
剣術大会で優勝した者は、1つ何でも願い事をすることが出来る、という慣習がある。
ご令嬢たちの話にあるような王道の恋愛系の願いもあれば、「来年は俺と決勝で戦え!」とかいう熱い少年漫画系の願い、先生に向かって「テスト簡単にしてください!」というウケ狙いの願い等、年によってさまざまと言うことだ。
ちなみに、「みんなの前でお願いできる」というだけで、叶うかどうかは別問題である。
「テスト簡単にしてください!」の年はテストが例年より難しかったので、優勝者が後からタコ殴りにされた……、という噂がまことしやかに語り継がれているくらいだ。
この剣術大会、ゲームではロベルトが優勝する。
通常は「願い? チッ、くだらない。俺に構うな。以上」みたいなつんけんしたコメントで終わるのだが、好感度がかなり高い状態で剣術大会を迎えた場合のみ、台詞が変わってスチルが見られる隠しイベントがあった。
ロベルトは観客席の主人公に剣の切っ先を向け――これが願い事をする際のルールらしい――こう言うのだ。「お前、俺のモノになれ」と。
つい、隣にいるロベルトの顔を見てしまった。こみ上げてくる笑いをポーカーフェイスの下で必死に噛み殺す。
似合わない。そういえば俺様キャラだったなと久しぶりに思い出した。
ゲームの中とはいえ……そして記憶の中のものとはいえ、知り合いのそういうところを見るのは、どうも気恥ずかしいというか、むずむずするものである。
きゃー! と黄色い歓声が上がった。顔を上げると、試合場に王太子殿下の姿がある。ちょうど試合が終わり、殿下が勝ち進むことが決まったようだ。
ああなるほど、と私は理解した。在校生挨拶のことを思い出す。
ここは乙女ゲームの世界だ。その舞台で「優勝」なんて華々しい栄誉に輝くのが、名もなきモブであるはずがない。
いや、モブにだって名前はあるのだが。
私は心の中でフランクに合掌した。おお神よ、彼とその想い人に幸多からんことを。
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