第89話 エキシビションマッチ
審判の声を合図に、私とロベルトは同時に地面を蹴って距離を詰めた。
ロベルトの打ち込んできた初撃を剣で受け止める。
私が受け切ったのを見るや、横薙ぎに剣を振って上段に構え直し、再度振り下ろす。
剣の角度を変えて衝撃を逃しながら、次々と撃ち込まれる太刀を捌いてゆく。
瞬時に勝負を決めてしまっても良いのだが、これはあくまでエキシビジョンマッチ。観客を楽しませるのが目的だ。多少は遊んでやらなくては。
ロベルトの太刀筋は非常に素直で直線的で、見ていて気持ちが良い。
身体が大きいのでリーチも長いし、一撃一撃集中して、力を込めた重い剣を打ってくる。
剣戟を繰り返してもまったく威力が落ちないだけのスタミナもある。多少長引いても観客は退屈しないだろう。
低めに放たれた水平斬りを躱して、ひょいと跳躍した。
ロベルトが私の着地を狙ってくるが、それを読んでハンドスプリングで一歩後ろに着地。
そのまま腹筋の力で方向転換すると、ロベルトの剣を足場に再び跳躍、宙返りをして彼の頭上に飛び上がる。
おおっとどよめきが聞こえた。落下の勢いを活かして、そのままロベルトに大上段から剣を打ち込む。
金属のぶつかり合う派手な音がした。
着地とともにしゃがみこみ、本当なら足払いでもかましたいところだったがーー剣術大会向きではないので、そのまま剣で切り上げるに留めた。
今度はロベルトがそれをバックステップで躱す。
私が距離を詰めようと踏み出すと同時、ロベルトもこちらへ向けて一歩を踏み出した。
ふむ。武者修行とやらの成果が出ているようだ。直線的だが、しっかり勘所を押さえて攻められている。
山籠りして猪とでも戦っていたのかもしれないな。勝負には時に、獣のような貪欲さも必要だ。
甲高い金属音を響かせながら、激しい打ち合いが続く。ときにロベルトが攻め私が守り、ときに私が踏み込みロベルトが受け流した。
一瞬にも何時間にも感じられる時間だった。
よし、そろそろいいだろう。
私は上段に構えて、ロベルトに斬りかかる。
彼は剣でそれを受け止めようとした。
剣と剣がぶつかり合う直前、私はふっと肩の力を抜いた。目を閉じて、静かに呼吸して。
一閃。
音もなく、ロベルトの構えた剣が真っ二つに折れた。
いや、私が斬ったのだ。
修行をしたのは何もロベルトだけではない。私も剣術大会に向け、腕を磨いた。
ここぞという時に使う必殺技……というと大袈裟だが、どう見せ場を作るか考えた結果が、これだ。
弘法は筆を選ばずとはよく言ったもので、その道の達人は道具を選ばない。
そういう意味では、私はすでに達人の域に達していると言えるだろう。
達人ともなれば、刃を潰した模擬剣でだって、鉄を切ることができるのだ。
まぁ、こんにゃくは斬れないかもしれないが。
驚いた顔をしているロベルトの喉元に、すかさず剣の切っ先を突きつける。
ロベルトはしばし目を見開いていたが、やがてふっと息をつき、言った。
「参りました」
彼の声が、静まりかえった会場に響く。
一瞬遅れて、わっと歓声が上がった。
私は一礼ののちロベルトとがっちり握手を交わす。目が合うと、彼も楽しそうに笑っていた。今度は2人して、手を振って歓声に応える。
エキシビションマッチは、特に大番狂わせもなく私の勝利で終わった。
だが、会場は大いに盛り上がったので、成功と言って差し支えないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます