第85話 間違いなく君だよ、ロベルト

 5月に入り、学園内は剣術大会ムードにあふれていた。

 毎年5月に開催される剣術大会は、男子生徒全員強制参加の体育祭のようなもので、授業で学んだ剣技をぶつけ合う。

 誰もが大なり小なり、剣術の授業に力を入れて取り組んでいた。

 本来であれば、私も意気揚々とその準備に勤しむところなのだが。


 なんと私、出場権がないのである。

 何故なら、私が優勝するのが目に見えているからだ。


 すでに師範の免許を持っていて授業が免除されている私には成果発表の必要はない、とかなんとか理屈を説明されたが、要するに体のいい出禁である。

 「生徒たちの安全のために隔離推奨」を引き合いに出されると、私としてはぐぅの音も出ない。


 だが、せっかくリリアに良いところを見せるチャンスだというのに、これでは宝の持ち腐れだ。


「砲丸投げにならないか?」

「なるわけがないだろう」


 生徒会の権限に頼ろうとアイザックに頼んでみたが、あっさり切り捨てられた。

 砲丸投げ、いいと思ったのだが。


 ちなみにこの大会、ゲーム内ではロベルトが優勝するのだが……


「俺も出場できないのは、少々残念です」


 昨年めでたくお免状持ちとなったロベルトも、私同様出禁である。

 こうなると誰が勝つのだろう? 無難に、うちの候補生の誰かだろうか。


 近づいてきたロベルトに、ついでに話を振ってみる。


「お前も砲丸投げ、良いと思うだろう?」

「砲丸投げ? いいですね! 俺、かなり自信があります!」

「いい加減にしろ」


 私とロベルトが盛り上がり始めたところで、アイザックからストップがかかった。


「お前たちには関係ないだろうが、僕はこれから授業なんだ。着替える時間がなくなる」


 言われて見回すと、教室内にはもう他に誰もいなかった。

 着替えに時間のかかるご令嬢はおろか、男子生徒たちもとっくに更衣室に行っているようだ。


「どうせ誰もいないんだし、ここで話しながら着替えていけばいいだろ」

「いいわけあるか」


 言い残して、アイザックは荷物を抱えて教室を出ていってしまった。アイザック懐柔作戦は失敗だ。

 ロベルトがいつものキラキラを飛ばしながら、空いた隣の席に座る。


「隊長は、剣術の時間は何をしているんですか?」

「だいたい筋トレだな」

「同じです!」


 身を乗り出して、ロベルトが嬉しそうに声を上げた。

 彼の放つキラキラがより一層明るくなった気がする。


「兄上から、西の国の土産にと彼の国の兵法書をいただいたのですが、そこに載っていたトレーニング方法がとても興味深くて。俺も取り入れられないかと考えていたのです」

「ほう」


 何だ、そのちゃんと弁えた土産は。私もそれが良かった。

 ドレスと交換してもらえないものだろうか。


「お持ちしましょうか?」

「ああ、頼む。私も興味がある」

「わかりました! 今度一緒に読みましょう!」


 妙に意気込んで頷くロベルトに、思わず笑ってしまった。

 そこから、普段どんなメニューをこなしているかとか、訓練場のメニューの話とか、おすすめのジョギングコースについてとか、取り留めもない話をした。

 彼があまりに楽しそうだったので、私もつられて笑ってしまう。


 ふと会話が途切れたタイミングで、ロベルトがぽつりと言った。


「こうして……2人で、ゆっくり話をするなんて、初めてですね」

「そうだったか?」


 私が首を捻ると、ロベルトは「そうですよ」と苦笑いした。


「不思議ですね。俺たち、婚約していたはずなのに」

「仕方ないだろう。形だけの婚約者だ、珍しい話ではないさ」

「そう、ですが」


 珍しく歯切れが悪いし、珍しく俯いていた。

 そう言えば、ゲームの中の彼はこちらを見ている立ち絵が少なかったな、と思い出した。

 ロベルトは言いにくそうに、自分でも迷っているように、一言一言、言葉をこぼしていく。


「ふと考えてしまったのです。もっと早く、貴方と話をしていたら。一緒の時を過ごしていたら……俺たちはどうなっていたのだろう、と」

「何を言うかと思えば」


 今度は私が笑う番だった。ふん、と鼻で笑う。


「今日までの半生、家族以外で一番共に過ごした時間が長いのは、間違いなく君だよ、ロベルト」

「!」


 ロベルトが小さく息を呑み、目を見開いた。


「いや、君たち『自称・バートン隊の隊員たち』と言うのが正しいかな? 学園に入るまでは毎日のように訓練場に入り浸っていたし、今も週に1日は顔を合わせているじゃないか」

「……では、」


 ロベルトが、私の瞳を見つめた。

 普段のキラキラにあふれた瞳とは違う輝きが宿っているような、どこか真剣な目をしていた。


「今からでも、遅くはないのでしょうか」


 よくわからなかったが、分かったふりをして適当に「もちろんだとも」とか言って、鷹揚に頷いておいた。

 ロベルトもまだ17歳。今から始めて遅すぎるということの方が世の中には少ないだろう。六十の手習いとか言うくらいだしな。

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