閑話 リリア視点(3)
バートン様とわたしは実は幼馴染だったとか、顔も知らないわたしの婚約者が実はバートン様だったとか、そういうのないのかな、とか思っていろいろ探ってみましたが、ありませんでした。
よくないですか? 何でこんなにやさしくしてくれるんだろう……? と思っていたら、実は小さいころに将来を誓った初恋の相手だった、とか。そういうの大好物です。
実は彼は家庭の事情で一時期庶民として暮らしていて、そのときわたしと仲良くなって。
わたしは忘れちゃったけど、彼はずっとその思い出を大切にしていて。
学園で再会して、彼は運命を確信する……みたいな。そういうのです。いいですね、もっとください。
忘れちゃった? とか聞かれたくないですか? わたしは聞かれたい。
相手は公爵家の方なので、そんなことは万に一つもなさそうですけど。
公爵家生まれ公爵家育ち、高貴そうな人はだいたい親戚。……何の話でしたっけ?
バートン様と積極的にお話しするようになって、わたしも彼のことが知りたくていろいろと聞いてみるのですが、いつもなんとなくはぐらかされてしまいます。
これはあれでしょうか。乙女ゲームの登場人物にありがちな、おいそれと人には言えないような暗い過去と言うやつが、彼にもあるのでしょうか。
ルートに入ると、それが明かされたりするのでしょうか。なにそれ見たい。
バートン様を攻略すると決めてから、わたしは意識して彼の姿を探して、話しかけました。
わたしがバートン様とお話していると、時々ご令嬢から鋭い視線が飛んできます。十中八九嫉妬です。
今世では女性からもあんまりマイナスの感情を向けられたことがなかったので、何とも新鮮な心地です。
特に直接何かされるわけでもないですし、理由が理由だけに、それほど怖くは感じませんでした。
嘘です、視線はやっぱり怖いですけど。
それ以上に、周囲から見てもバートン様は素敵なんだということが嬉しかったですし、そんなバートン様にわたしが特別扱いされていることが周囲にも伝わっているのだと思うと、悪い気はしません。
よかった、わたしの勘違いじゃないみたいです。
バートン様は皆にやさしい方です。
いつもご令嬢に囲まれて、にこにこ話をしています。
端で聞いているわたしにはぜんぜん面白くない女の子の取りとめもない話に、真摯に付き合ってあげています。推せます。
女の子に囲まれているときでも、たまに遠くからわたしを見つけて、声をかけてくれたりもします。
……逆に、バートン様と2人でいるときに、他の人に乱入されたりもしますけど。
どこからともなく、アイザック様だったり、ロベルト殿下だったり、クリストファー様――だいぶ、様付けにも慣れました。ゲームをプレイしていたときは呼び捨てで呼んでいたので、最初は違和感がすごかったです――が加わってくることが多くあります。
アイザック様にいたっては、謎の友情劇場のようなものを繰り広げ、他のクラスメイトたちにも焚きつけられて邪魔しに来ているようです。バートン様いわく「寂しがり屋」とのことですが、そんなキャラだったかな?
彼らが現れると、わたしはやっぱりどうしてもうまく話せなくなってしまうので、何とかして、ゆっくり2人っきりになれる場所がほしいですね。
そう考えたわたしは、1つの場所を思いつきました。
◇ ◇ ◇
ある日、裏庭でバートン様とお話していると、なんとエドワード殿下が登場しました。
学園に入ってから、外国に留学に行かれたと噂で聞いていたので、彼の「秘密の場所」であるここを活用させてもらっていたのですが……まさか乱入されるとは。
エドワード殿下、制服ではなく正装でした。立ち絵で見たことあるやつです。
彼も何故か髪が短くなっていましたが、印象はゲームと変わりません。
ちょっと、なんとなくクッキリしている気がしますけど。何だろう。主線の色かな? いえ、主線とかないんですけどね。
銀糸の髪と白の正装が目にまぶしいです。きらきらです。
お、推し~~~~!
実在した~~~~!
ごほんごほん、失礼、取り乱しました。
やっぱり三次元になると男の人だなぁという感じはあるし、ゲームを知っているだけにコレジャナイ感はあるのですが、実写化だと思えばものすごいクオリティです。
推しと同じ空気吸ってるってよく考えたらすごい状況ですね。実質最前ですし。
そのエドワード殿下と、バートン様が何やら会話しています。金と銀、その髪の色だけでもシンメ感があって非常に、非常に……
よ、良~~~~!
良さみがすご~~~~!
推しと推しが並んだ絵面、良き~~~~!!
思わず心の中で二人を拝んでしまいました。
実際に五体投地しなかっただけで褒めてもらいたいぐらいです。がんばりました、わたし。
いえね? わたしは? 夢女子なので? 腐女子ではないので? そういうアレではないのですが?
それはそれとして、同じ画面に推しと推しが収まっているのは完全にありがとう案件です。神に感謝。どこにお金振り込んだらいいですか? 絵師の口座に直接お金入れたい。焼肉とか食べてほしい。
ぼんやり神に感謝している間に何やかんやあって、バートン様と一緒に生徒会の仕事に駆りだされることになりました。
途中、バートン様に「恋人です」と言われたときは死ぬかと思いました。比喩じゃなく。びっくりすると心臓って止まるんですね。
ご本人は冗談のつもりらしく、なんてね、とか言ってましたがこちらとしては冗談じゃなくても一向に構いません。
悪戯っぽく笑う顔が可愛すぎて爆発しました。国宝かな? バートン様しか勝たん。
何故かバートン様とエドワード殿下が笑顔で火花をバチバチさせ始めたりしましたが、何故でしょう。
なんだかあんまり取り合われている感じはしませんでした。
それどころか……
エドワード殿下の様子を伺います。それに気づいたのか、殿下もこちらにちらりと視線を向けました。
あれ?
あれれ?
なんだかやっぱり、わたしに向ける視線が、ちょっととげとげしていませんか?
わたしは人よりそういうの、敏感です。びびりなので。
無遠慮に顔を眺めていたのがバレたのでしょうか?
その後も、表面上は笑顔ですけれど、なんとなーく、敵意というか、よくない感情と言うか。そういうものを感じます。
わたしが彼のほうを見るのが怖くなるくらいの何かを、ひしひしと。
そこでわたしはぴんと来ました。
前に聞いた噂によると、殿下は表向きは留学だけれど、本当は西の国にお嫁さん探しに行ったらしいのです。
もともとのロイラバには、そんな展開はありません。
そしてわたしが、転生してここにいるという事実。
点と点が線になります。
そう、エドワード殿下も、わたしと同じ転生者なのです!
前世のラノベ界隈では、乙女ゲームの主人公が実は性悪とか、聖女がめちゃくちゃ嫌なやつとか、悪役令嬢がすごくいい子だとか、そういう「逆張り」的なやつが流行っていました。
エドワード殿下がその展開を危惧して、わたしに攻略されないために動いていたのだとすれば、すべてに説明がつきます。
実際のわたしは、特に毒にも薬にもならない、何も出来ない主人公なわけですが。
なーんて。ま、ただの憶測ですけどね。ちょっと穿ちすぎですか?
閑話休題。
書庫の整理を手伝いながら、わたしは思考します。
エドワード殿下がわたしに、何となくよくない印象を持っているらしいことは分かりました。
綺麗な顔に笑顔を貼り付けていても、こちらはそういうキャラだと知っているので騙されません。
思い返すと、他にも心当たりがあります。
バートン様の隣の席になれそうだったのに、まるでそれを阻止するように席を変えてきたアイザック様。
バートン様と二人でお菓子を食べていたら、いつの間にか間に割って入ってきたクリストファー様。
そして今、わたしとバートン様を引き離して、一人で書庫の整理をするように言いつけてきたエドワード殿下。
ロベルト殿下は……それ以前にキャラが変わりすぎていてちょっとよく分からないですけど。
皆まるで、わたしとバートン様を引き裂くように……わたしにバートン様を攻略させないように、動いています。
それは本人の意思なのかもしれませんけど……もしかすると、乙女ゲームの強制力というやつなのでは、と思えてきます。
本来攻略すべきでないキャラクターを攻略しようとしているわたしを、原作のストーリーに無理やり引きずり戻そうとしているような。
そんな大きな力の流れが、あるのかもしれません。
もし本当に、そんな力の流れがあるのだとしたら……きっと、そのまま流されてしまった方が、楽だと思います。
でも、それでもわたしは、攻略するならバートン様がいいって思ったから。
もっと素敵な女の子になれるって、言ってくれたから。
きっと中身がついてくるって、言ってくれたから。
これから先も揺らぐし、弱音も吐くし、諦めそうになったりもするだろうけれど。
それでも、頑張ってみると決めたのです。
スチルを全部回収するぞという勢いで、主人公を演じると決めたのです。
高いところのファイルを取ろうと背伸びしていたところ、ふっと影が落ちました。
長い指が、わたしの取りたかったファイルをやすやすと棚から抜き出す様は、まるで映画のワンシーンのようでした。
「これ?」
耳元で、やさしくて、蕩けてしまいそうな甘い声がします。
ブルーグレーの瞳に見つめられて沸騰する頭の片隅で、これは絶対スチルがある、あとで見返そう、と、そう思いました。
◇ ◇ ◇
何度も何度も繰り返し見た、Royal LOVERSのスタートメニュー。
そのメニューの「はじめから」を押すと、キャラクターの声でタイトルコールが流れる。
そこでわたしはあれっと首を傾げた。
女性声優が声をあてている攻略キャラなんて、いなかったはずだけれど……
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