閑話 リリア視点(2)
はい、というわけで。ここまで回想でした。
いかがでしたか? わたし、リリア・ダグラスのことがより深く理解いただけたのではないでしょうか?
なんちゃって。内容のうっすいPV稼ぎのまとめサイトみたいな台詞とともに、話は現在に戻ります。
学園に編入する日、わたしの目の前にはまず2つの選択肢がありました。
講堂へと向かう途中に見かけたちいさな子猫。この子猫を追いかけるか、しゃがみこんで呼んでみるか。
当然、わたしは追いかけます。「呼ぶ」を選ぶとロベルトとの出会いイベントがあるのですが、ロベルトの好感度はこのあと否が応でも上がってしまうので、誰ルートに進むとしても、ここではエドワードとの出会いイベントを選んでおくのが定石です。
「呼ぶ」を選ぶのは、剣術大会のロベルトのスチルを回収するときだけで十分なのです。
子猫を追いかけて、たどり着いた中庭。
そこに立っていた人物に、私は目を奪われました。
ざぁっと都合よく吹いた風になびくその髪は、金色。
本来そこにいるはずの王太子キャラ、エドワードとは反対の色を持つ男の子が、そこに立っていたのです。
えっ、脚細、長っ。背高っ!? 顔小さっ!?
てか、顔良っ!
げふんげふん。思わず語彙力が死んでしまいました。
きりりとした目元は涼しげで切れ長、ブルーグレーの冷たい色の瞳とよくマッチしています。
鼻筋がすっと通っていて、彫りが深いわけではないけれど、はっきりした目鼻立ちです。
可愛い系と言うよりかっこいい系、アイドルというより俳優さんのような印象でした。
形のよい薄い唇には、ほのかに微笑がたたえられています。
すらりとした身体つきでとても背が高いです。180センチは優に超えているでしょう。
脚が非常に長くて、股下3メートルあるかと思いました。
黒を基調にした制服がよくお似合いです。襟の色が赤だったので、わたしが転入するのと同じ2年生のはず。
けれど雰囲気がとても落ち着いていて、とても同い年には見えません。
わたしの心臓はばくばくと高鳴っていました。どうしましょう。
この人は、攻略対象ではありません。それどころか、ファンディスクで攻略できるようになったサブキャラですらありません。
つまりモブです。ただのモブです。
それがこんなに美しいなんて、この学園はどうかしています。
わたしは心の中で、思わずほっと息をつきました。
これなら、攻略対象はもっとパンチのあるイケメンぞろいのはず。
それなら、真実の愛だなんだと御託を並べず、安心して恋に落ちることが出来そうです。
外見で判断されたくない、とかなんとか言いつつも、結局どこまでも外見基準でしか物を考えられないわたしでした。仕方ないんです、育ってきた環境のせいですね。
人間は誰でも自己矛盾を抱えて生きるもの。
わたしが外見で判断されたくないことと、わたしが他人を外見で判断してしまうことは恐ろしいことに共存しうるのです。
ま、恋に落ちてしまえば、頭がお花畑になるはずですから大丈夫。
わたしは外見じゃなく彼の人柄に惹かれたんです、とかいう戯言を、恥ずかしげもなく言えるようになりますよ、たぶん。
目の前のイケメンモブは、わたしに向かってやさしく微笑むと、声をかけてきました。
「あれ? こんなところでどうしたのかな?」
なんということでしょう。見た目がイケメンなだけではなく、声までかっこいいです。
ただのモブでこれって、ちょっと、贅沢すぎませんでしょうか?
クールな見た目の印象よりすこしやわらかくて、甘さがあります。
ゲームだったらイケメン声の女性声優あたりが声やってそうだな、という感じの声でした。
わざわざ男性モブに、女性を起用するでしょうか?
いえ、今まで出会ってきたガチのモブたちと比べても、やっぱりおかしいです。見れば見るほど、ただのモブとは思えなくなってきます。
「あ、いえ、私、ま、迷子で……」
彼の澄んだ瞳に、自分が映ることが怖くなってきました。
わたしが聖女だとも、転入生だとも……主人公だとも知らないはずの彼の瞳には、わたしはどのように映っているのでしょうか。
わたしは俯いて、小さな声で答えるのが精一杯でした。
「道に迷ったってことは、新入生かな? じゃあ……」
いつの間にか目の前まで歩み寄っていた彼が、そっとわたしの手を取って、跪きました。
そして、わたしの指先に、こう、ちゅっと。
パニックです。もう、パニックです。
この世界に転生して、そりゃこういうスチルとかあることも知っていましたけど!
もとが庶民暮らしですから、実際にされるのは初めてでした。こんなに恥ずかしくてどきどきするだなんて、聞いていません。
わたしは一瞬で顔に熱が集まるのを感じます。
「講堂まで、私にエスコートさせていただけますか? 素敵なレディ」
ぱちん、とウインクされました。
超至近距離のファンサです。ウインクされるのなんて、パン屋のおばさんが「おまけだよ」とお菓子を持たせてくれたとき以来です。
待って、待って待って。やめて。その顔とその声でそれやられたら、好きになっちゃう。
オタクちょろいんで。わたしちょろいんで。
か、価値観が違いすぎる。この世界のお貴族様、現代日本とも、庶民とも価値観が違いすぎます。
モブらしき人相手でこれなら、攻略対象を相手にした日には、わたしはどうなってしまうのでしょうか。
「そうだ。せっかくこうして会えたのだから、学園を案内するよ。さ、ついておいで」
「えっ!?」
「入学式なら心配しなくていいよ。先生に怒られないように、うまく合流させてあげるから」
わたしの手を引いたその人は、茶目っ気たっぷりに微笑んで見せると、いとも簡単にわたしをさらってしまいました。
王子様系の見た目に反して、中身はちょっと、変わった方のようです。
あれ? あれれ?
おかしいな、「猫を追いかける」を選択したら、王太子との出会いイベントが発生するはずなのに。
このままこの場を離れてしまったら、エドワードとの出会いイベントはどうなるのでしょう?
気づいたときにはときすでに遅し。
人見知りのわたしには、今から「やっぱやめときます」とか言えるはずもなく、そのまま彼に連れられて中庭を離れてしまいます。
斜め後ろから彼の横顔を眺めます。すばらしいEラインです。見とれてしまいます。
このイケメン、誰なんだろう。もしかして、隠しキャラ?
でも隠しキャラはヨウしかいないはず……あ、別ハードのリメイク版で追加される新キャラとか?
これはありうる話です。
わたしの視線に気づいたのか、彼がこちらにちらりと視線をくれました。流し目です。眼福です。
ふっと唇に浮かんだ微笑が、あまりにも様になっていて……まぁいいか、とわたしは思考を放棄しました。
◇ ◇ ◇
簡潔に言いますと、わたし、乙女ゲーム無理です。
向いていません。
クラスメイトになるロベルト、アイザック、それから後輩キャラのクリストファー。
全員教室で会いましたけど、攻略できる気がしません。
実際に間近で見てみたら、全然普通に男の人でした。三次元でした。
当たり前ですけどぜんぜん二次元じゃなかったです。3Dです。むしろ4DXです。
みんな毛穴のない、顔のきれいな男の人です。あとやたらとええ声。
びびってしまってまともに話せる気がしません。顔を見られる気がしません。
大聖女になるために、と決意したつもりで来たのですが、現状その決意が揺らいでいます。ぐらぐらです。
もともと努力も決意もしたことなかったので当然です。
わたしの身体が女子高生だからでしょうか。
年下かわいい系キャラのクリストファーですら、美少年と言うよりもはや美青年に足を踏み入れているように見えます。
みんなゲームの中より男らしい気がします。髪形もあるのでしょうか?
確かにアイザックのおかっぱとか、三次元で見たらキツそう、とは思ってましたけど。
無理。むしろよりいっそう無理になりました。
こんなイケメンたちに、もし前世のような扱いを受けたら、と思うと、それだけで冷や水を浴びたような心地がします。
わたしは思わず身震いしました。
そもそも、Royal LOVERS(略称ロイラバ)の攻略対象たち、最初は別に主人公に優しくありません。
ロベルトとアイザックはまず愛想が悪くて人を近づけたがりませんし、エドワードとクリストファーは人当たりはいいですが、一線を引いて外面だけの対応をするタイプです。
そこを乗り越えて仲良くなるのが、ある意味ゲームの醍醐味なのですが……いざ自分が現実として向き合うとなると、最初に冷たくされた時点で心が折れそうです。
最初からやさしく甘やかして好き好き! ってしてくれないと頑張れる気がしません。
自分のこと嫌っている人と、わざわざ仲良く出来ます? わたしは無理です。
その点では、隠しキャラのヨウがいてくれたらよかったのですが……彼は2周目プレイからしか攻略できません。期待するだけ無駄でしょう。
それにしても。
斜め前の席になった、例のモブイケメン――バートン様と言うらしい、お名前チェック済みです――に視線を向けます。
まさか、同じクラスだなんて。
ますます、ただのモブだとは思えなくなってきました。
アイザックやロベルト、クリストファーと仲がよさそうに話していたのも引っかかります。
攻略対象と仲がいいということは、やはり彼も攻略対象か、少なくともサブキャラである可能性が高いはず。
さっきも、席で縮こまっているわたしに、率先して話しかけてくれて、お昼ご飯に誘ってくれました。
すごい。ぼっちじゃないお弁当、高校生活で初めてでした。
わたしの手を引いてくれる彼の手は、大きくて、あたたかくて、すこし硬い、男の子の手でした。
思い出すと、ぽっと頬が熱くなります。
あれ? 何でしょう。彼に手を引かれても、あんまり、嫌じゃなかったような?
見つめられても、あんまり怖くなかった、ような?
どうしましょう。わたし、ちょろすぎるかもしれません。
◇ ◇ ◇
バートン様は、わたしにとてもやさしくしてくれました。
何も出来ないわたしに、勉強を教えてくれました。分かるまで付きっきりで、放課後の時間を使ってくれました。
何も出来ないわたしと、ダンスのペアを組んでくれました。わたしが失敗して彼の足を踏んでも、笑顔で許してくれました。
やっぱり、わたしが可愛いからでしょうか。
それとも、聖女だからでしょうか。主人公だからでしょうか。
庶民上がりだから、同情してくれているのでしょうか。
でも、初めてだったのです。
「さっきの問題が出来たんだから、この問題もゆっくり考えれば出来るはずだよ。やってみよう」
「先週できていなかったステップが出来ていたよ。頑張って練習した成果だね」
わたしに、そんなふうに言ってくれた人は、初めてだったのです。
できるはず。
頑張った成果。
そんな言葉をかけてくれたのは、彼だけでした。
その言葉に、わたしははりぼての自分に、少しだけ中身が満たされていくような。そんな気持ちになったのです。
バートン様のお家でマナーを教わった日、男爵様のことを聞かれて、わたしは思わず泣き出してしまいました。
「わたし、何も、出来なくていいんですって」
笑ってごまかそうとしたのに、ぜんぜんだめで。次から次へと、ぼろぼろと涙がこぼれてしまいます。
自分で思っていたより、わたしはだいぶ、こたえていたみたいです。
誰かに聞いてほしいような、独り言のような。そんな言葉が、嗚咽と一緒にこぼれて、止まりません。
急に身の上話を始めたわたしにも、バートン様はやさしくハンカチを差し出してくれました。
きっと困らせてしまったのに、彼はどこまでも、やさしい。それでまた、わたしは泣けてきてしまいます。
「私は君の外見も、中身も。どちらも尊いものだと思うよ。でも、君が望むなら、もっと君は素敵な女の子になるだろうとも思う」
わたしの話を聞いて、バートン様はそう言ってくれました。
わたしにとって、その言葉がどれだけ価値のあるものだったのか。きっと、彼は知らないでしょう。
「なりたい自分をイメージするんだ。こうだったらいいな、こうだったら素敵だなって。リリアにだってあるだろう、そういうもの」
わたしは、認められた気がしたのです。
わたしみたいなやつでも、がんばっていいと。
もっと素敵になりたいって、思ってもいいんだと。
わたしがわたし自身に、期待したっていいんだと。
それをしても、この人はきっと、わたしを笑ったりしない。
中途半端でも、それでも、頑張ったねって笑ってくれる。次はもっとやってみようと勇気づけてくれる。
そんな気がしたのです。
「最初は中身が伴わなくたっていい。それが普通だ。足りなくってもいい。演じるというのが近いのかな」
彼はわたしの手を取って、手の甲にキスを落としました。
「そのためなら、いくらでもお手伝いしますよ、
悪戯っぽく笑う、いつもよりも少年らしいその表情に、また胸が高鳴りました。
わたしが演じるなら。それはきっと、乙女ゲームの主人公です。
誰かを愛し、誰かに愛されて、真実の愛を手に入れる、主人公。自分だけの王子様を見つけた、たったひとりのお姫様。
バートン様が攻略対象だったなら、よかったのに。
それなら、わたしは喜んで主人公を演じたでしょう。
そこで、はっと気づきます。
そうだ。主人公だからって、モブキャラと恋をしてはいけない、というルールはありません。
攻略対象そっちのけで、主人公がモブキャラと結ばれる。そういう乙女ゲームが題材の小説だって読んだことがあります。
わたしは主人公です。選ぶ権利があるはずです。
逆説、わたしが選んだならそれが、攻略対象ということになるのでは?
わたしは考えます。
ほかのキャラと起こすようなイベントをバートン様とこなしていったら、きっと好感度が上がるはず。
好感度が上がったら、バートン様ルートが開拓されるかもしれません。
攻略サイトどおりの選択肢ではなく、わたしが自らの意思で選択したその先にこそ、真実の愛があるのではないでしょうか。
なんか、そのほうが「っぽく」ありませんか?
わたしは、今度こそ決意します。
主人公らしく、原作の主人公をなぞりながら、バートン様を攻略すると。
ここはゲームの世界。主人公らしい女の子のほうが、好かれるに決まっています。
うまくできるかは、分からないけれど。
主人公、やってみます。
ま、バートン様が本当にモブキャラである可能性のほうが、低そうですけど。
だってあんなにかっこいいモブキャラがいたら、攻略対象が食われちゃうじゃないですか。
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