閑話 リリア視点(1)

 手に持ったゲーム機のスイッチを入れる。聞き慣れた起動音がして、メーカーロゴが表示される。

 そして、一瞬の暗転。


 攻略キャラクターの担当声優(ソロでCDデビュー済み)が歌う、疾走感のあるオープニング曲にあわせてタイトルロゴがドーン!

 ……ではなく、ふわりと風に吹かれるように浮かび上がる。


 やたらとおしゃれな有償フォントをこれでもかと使った名前やら台詞のテキストやらがぽんぽん出てきて、カシャカシャ連写するような速度で、いろんな立ち絵の攻略キャラが入れ替わり立ち換わり、切り替わる。


 Bメロに入って主人公(デフォルト名:リリア・ダグラス)の鼻から下の立ち絵が出たかと思ったらシルエットに切り替わり、走る主人公のシルエットの背景に次々攻略キャラのルート分岐後のスチルが浮かんでは消える。

 隠しキャラのヨウまでスチルが出たら、最後は走ってきた主人公の靴が水溜りをぱしゃんと踏んでしぶきを上げるカット、そこでカメラが下から青空へとパン!


 転調して音数増えまくったラスサビにあわせてファン垂涎の激エモスチルがばんばか流れる。

 クリアした後はこのスチル集と曲だけで悶えたり泣いたりできちゃうお手軽良いとこどりセットの後で、最後は学園の建物と青空を背景にタイトルロゴが浮かび上がり、スタートメニューが表示された。


 親の顔より見た……は言いすぎだけれど、何度も何度も繰り返し見た、Royal LOVERSのスタートメニュー。

 わたしはそのメニューの「はじめから」を選択した。



 ◇ ◇ ◇



 物心ついたときから、変わった子どもだったと思う。

 この世界にはないはずの、空想上にしかないようなものの話をよくする子どもだった。


 周囲の人間から遠巻きにされてもおかしくなかったが、幸いそういったことは起きなかった。

 両親には「あまり他の人にそういった話をしてはいけないよ」と言われたけれど。

 たいていが、順風満帆の子ども時代だった。


 初めにおかしいな、と思ったのは、小学校で忘れ物をしたのに、わたしだけ怒られなかったときだ。

 同じように忘れ物をした他の子は、怒られていたのに。

 周囲の大人も子どもも、わたしに優しかった。


 毎日のようにお菓子をくれる近所のおばあちゃんに、ふと聞いてみた。


「どうしておばあちゃんは、そんなにやさしいの?」

「それはね、リリアちゃんがとってもかわいいからよ」


 がつんと頭を金槌で殴られたような衝撃があった。

 そう。わたしことリリアは、見た目がとってもとってもかわいかったのである。


 そこからのわたしは、完全に調子に乗ってしまった。乗りに乗ってしまった。

 今思い出しても恥ずかしくて顔から火が出るくらいの黒歴史だ。

 だいたいのわがままは聞いてもらえたし、ちょっとした悪戯をしても誰も咎めなかった。


 可愛いって、すごい。ただ可愛いだけで、こんなに優しくしてもらえるなんて。

 本当に、前世とは大違い。

 ……前世?


 そのとき、私はすべてを思い出した。

 前世の暮らしのことも、乙女ゲームのことも、前世のわたしが、死んでしまったことも。


 そして理解した。ここが、わたしのプレイしていた乙女ゲーム、Royal LOVERSの世界であることを。

 わたしがその主人公、リリア・ダグラスに転生したことを。



 ◇ ◇ ◇



 しばらくは、楽しく能天気に過ごした。

 大好きだった乙女ゲームの世界に転生したのだ。しかも主人公。

 めくるめくノーブルでファビュラスな学園生活が約束されている。


 結構やりこんでいたので、どのキャラクターでも攻略できる自信があった。

 一番の推しは王太子だったけれど、王太子妃はたいへんそうだし……と取らぬ狸の皮算用に興じたりもした。


 前世のわたしがやったら傍若無人、頭がおかしいと言われるような振る舞いでも、天真爛漫、無邪気で可愛い、に変換されて受け入れられた。

 可愛いを満喫していると、周りもにこにこと喜んでくれる。わたしも楽しいし、Win-Winだと思っていた。


 だけれど、あまりに皆がわたしの可愛い面しか見ないものだから、だんだんと不満が勝ってくる。

 可愛いだけじゃなく、もっと具体的に……他のところも褒めてもらいたい、と思ってしまう。


 前世からしてみれば、贅沢すぎる悩みだ。でも、そのときのわたしには、それが必要だった。


 そう言ってみても、周囲は一様に「とても素敵な良い子だよ」と返すだけだ。

 良い子って、何? わたしが心の底で何を考えているか分かっていないから、そんなことが言えるのではないだろうか。

 結局それは、外見で「良い子そう」と判断しているだけではないのか。


 じゃあ……じゃあ。

 もし、もしも、わたしが可愛くなかったら?

 そう考えた途端に、急激に心臓が冷えた。


 前世のわたしは、外見もそりゃあ特に可愛くもなかったけれど――実のところ、自分ではそこまでブスだとも思っていなかった。が、リリアになってみて気づく。あの外見でその自意識があること自体が周囲の癪に障ったのだろう――内面だって特に褒められたものではなかった。


 たいして頭が良いわけでもないのに、同じ学校の生徒は自分より馬鹿だと見下していたし、SNSでは愚痴や悪口ばかり。

 好きなアニメやゲームだって、誰かと話すときには好きなことよりも、嬉々として作画やストーリーについて偉そうな上から目線のダメ出しをしていた気がする。


 「現実はクソ」、「つまらない」と「何か面白いことないかな」が口癖で、そのくせ自分で何かを始めることもできない。

 何かを変えることも、レールを外れることも出来ないのに、自分で選んだはずなのに、不平不満だけは一人前。

 外見で人を判断するような空っぽのやつに何が分かる、わたしはこんなところにいるべきではない、と思っていた。 


 ネットで似たような考えの人とつながり、傷の舐めあいをして過ごした。

 まぁ、ネットの友達だって長続きするような人はいなかったのだけれど。皆わたしと似たり寄ったりの人間だった。

 心のどこかで「コイツよりはマシ」と常に見下しあっている人間関係など、長続きするはずもない。


 客観視してみると、本当に褒めるところのない人間だった。

 周囲の扱いは理不尽ではあったけれど……少しは、わたしにも非があったのだと思う。


 そして今のわたしは、その中身から特段成長も変化もしていなかった。

 変えようなどと思ったことがないし、変え方も分からなかった。


 いや、わたしみたいな人間がそんなことをして、今よりも蔑まれるのが嫌だったのかもしれない。

 馬鹿にされて笑われるのが嫌だったのかもしれない。

 努力なんて馬鹿だと、報われるのは二次元の中だけの話だと自ら嘲笑うことで、自分を守っていたのかもしれない。


 もし、外見ではなく中身を見て判断する人が現れたなら……わたしのことなど視界にも入れたくないだろう。

 今のわたしを囲んでいるのは、前世のわたしが大嫌いだった、外見で人を判断するような空っぽのやつばかりだ。

 そして何より、わたし自身が、外見でしか人を判断できない人間だった。



 ◇ ◇ ◇



 そこからのわたしは人が変わったようになってしまった。というより、前世の自分に戻ってしまった。

 しばらくは誰とも話をしたくなかったし、放っておいてほしかった。だが、わたしの外見がそれを許さない。

 さながら、陽キャの群れに放り込まれた陰キャである。


 人の目を見て話すのが怖くなった。すかすかのピーマンみたいな中身を見透かされたくなかった。

 話しかけられるのが怖くなった。いつその優しさが失われるか分からなかったからだ。

 いつ嘲笑される側になるか分からなかった。

 俯いて、小さな声で話すのが精一杯だった。


 だけれど、誰もそんなわたしをおかしいと言わなかった。

 嘲笑うことはなかったけれど、彼らはみな「無理しないで、そのままで良いよ」と言って笑った。

 良いわけないだろ、とわたしは思った。



 ◇ ◇ ◇



 15歳になったある日、母親の怪我を治したことで、わたしに聖女の力があることが分かる。

 わたしはダグラス男爵家の養子として召し上げられることになった。


 わたしはどこかで期待していた。

 前世では、本当に褒められたところも、得意なこともなかったわたしだけれど、今世は違う。主人公だし、聖女だ。

 わたしにしか出来ないことがあるはずだし、もしかしたらチート的な能力に目覚めて無双、なんてこともあるかもしれない。


 修行とか絶対嫌だけど、嫌だけど、ちょっと力を見せたら「ただ怪我を治しただけだが?」的な展開になるかもしれない。それなら頑張ってもいい。

 しかし、聖女の修行とかあるんですか、と聞いたわたしに、ダグラス男爵はやさしく微笑むと、こう言った。


「いいや、そのままで良い。君は何もしなくて良い。いてくれるだけで良いんだよ」


 良いわけがない。

 50年前の聖女は、難病や瀕死の重傷の人も治せたと聞いた。

 だけれど、わたしが治せるのは、ちょっと紙で指を切ったとか、転んで膝をちょっと擦りむいたとか。その程度なのだ。

 このままで、良いわけがない。


 それとも、これがわたしの限界なのだろうか。

 ゲームの中の主人公のように、聖女らしい清らかな心がないわたしには――ちょっとした擦り傷程度が限界なのだろうか?

 それを分かっているから、皆言うのだろうか。

 「そのままでいい」と。


 それはつまり、何にも期待されていないということで、諦められているということで。

 外見以外のわたしなど、はりぼての聖女以外のわたしなど、誰にも求められていないということで。

 悔しくて、涙が出た。


 だけれど、わたしには分からなかった。

 どうしたら聖女の力がまともに使えるようになるかなんて、分からなかった。

 何もしなくていい、と言われるまでもなく、わたしには、何も出来ないのだ。

 それがどうしようもなく、悔しかった。

 自分には何も出来ないと嘆いて、嘆いて。そこで、ふと気がついた。


 そうだ、この世界は乙女ゲームの世界。そしてわたしはその主人公だ。

 聖女である主人公は、攻略対象と愛を深め、結果的に大聖女としての力に目覚める。

 瀕死の怪我をした攻略対象も、重い病気をわずらう攻略対象も、一瞬で治してしまえる大聖女に。


 そうしたら、少しは見返すことができるだろうか。

 何かを期待してもらえるだろうか。


 大聖女になるには、ただの恋愛エンドではダメだ。好感度をかなり上げて、大恋愛エンドを迎えなければならない。

 大聖女の力は「真実の愛」によって目覚めるという設定だからだ。

 初見で大恋愛エンドにたどり着くのは難しいが、ゲームの知識があるわたしなら、十分達成できるはず。


 けれど、一抹の不安があった。

 ゲームをプレイしている範囲では、そうは思えなかったけれど……もし、攻略対象たちも、はりぼてのわたしにしか興味がないとしたら?

 そんな人間と、わたしは真実の愛を築けるのだろうか。


 そして、仮に大恋愛エンドを迎えたとして……前世の記憶に頼って得たそれに、果たして真実の愛があるといえるのだろうか。

 わたし自身が、それを信じていないとしても?


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