第84話 僕の妹に色目を使わないでもらえるかな?
結局、書庫の片づけはアイザックも一緒に手伝ってくれたのですぐに終わった。
その後予算編成の手伝いまでさせられそうになったので「精査も積算もしなくていいから、全部に3パーセントのシーリングをかけたらいいだろう」と言ったら悪魔を見るような顔で追い出された。
どこの会社の上層部もそんなものだろうと思っていたのだが、違ったらしい。
帰宅して私室で日課のドラゴンフラッグをこなしていると、慌ただしいノックとほぼ同時にドアが開かれた。
侍女長が勢いよく部屋に転がり込んでくる。
「エリザベス様!」
「どうしたんだい? クリストファーが庭で転んだ?」
「違います!」
慌てた様子の彼女に、私はカウチから起き上がった。
「で、殿下からドレスが届いています」
「? ロベルトがドレスを送ってくることなんて、前にもあったろう? 私の誕生日はもう過ぎているけれど……何かお祝いでもあったかな」
過去、ロベルトから私宛――ということになっていた贈り物は、だいたいロベルトのお付きの侍女やら従者やらのチョイスだったと聞いている。
公爵令嬢エリザベス・バートン宛のそれは、ドレスだったり、宝飾品だったり、花だったりと、女性の好みを外さない無難なチョイスだったので、おそらくどこかにしまってあるか、侍女の誰かがありがたく頂戴しているだろう。
ちなみに、正体がバレたので一番直近の誕生日には本人がわざわざ家まで来て、剣帯と「何でも言うことを聞きます券」を手渡していった。
剣帯はいい。実用品だ、ありがたく使う。だが「何でも言うことを聞きます券」は何だ?
私はお前の親か何かか?
王族が人に渡していいものか??
その時も、侍女長とたまたま居合わせたクリストファーに根掘り葉掘り聞かれて閉口した。
婚約している間は会いに来たことなどなかったのに、破棄した途端に家に来て贈り物を手渡しして来たロベルトに疑問を持ったらしい。
疑問を持たれても、私には掘られる根も葉もないのだが。本人に聞いてもらいたい。
「王太子殿下からです!」
「は?」
…………嫌な予感がしてきた。何だか前にもこんなことがあった気がする。
そんなフラグの回収の仕方があるか?
侍女長が持ってきた箱を、恐る恐る開ける。
おそらく生地は絹だろうか。白とも銀ともつかない上品な色の、光沢のある生地だ。
その上から、きらきらした糸で編み上げられたレースが重ねられている。
よく見るとレースのところどころに小さなビーズが編みこまれていた。いや、小さいがこれは宝石か?
触ってみると私でも良い生地っぽいことが分かるような、きめ細やかでしっとりとした手触り。
そして何度見ても機械製にしか見えない精巧なレースと、ちりばめられた宝石。何ともゴージャスなドレスだ。
広げてみると、Iラインというのかコクーンシルエットというのか、すとんとした珍しい形をしている。
レースどころか、これはパターンから引いたんじゃないかと思わせる出来栄えだった。
……いや、さすがにそれは、ない。と思いたい。
「ロベルト殿下と婚約を解消されたばかりなのに、王太子殿下からドレスを贈られるなんて……旦那様になんと説明したら良いか……」
侍女長の顔は真っ青になっていた。
さもありなん。一般的に、男性から家族以外の女性にドレスを贈るのは求愛に等しい行為とされている。
殿下もそのあたりのマナーは私より詳しいくらいだと思うのだが……おそらく作ったドレスを見てほしい欲が、良識に勝ってしまったものと思われる。
思わず遠い目をしてしまうくらい、弩級に重たい贈り物であった。
しかもわざわざ家に送りつけてきやがった。
直接手渡そうとすると、何やかんやと理由をつけて私が拒否すると思ったのだろう。正解だ。
おろおろしている侍女長に、私は努めて明るく、あっけらかんとした風で言った。
「よし。送り返そう」
「はい?」
「宛先間違いですよと書いて送り返そう」
「そ、そんな不敬な!!!」
励まそうと思ったのだが、逆効果だったようだ。顔色が青を通り越して白になってしまった。
「直接王家の馬車が持って来たのですよ! 宛先間違いなんて馬鹿なことがありますか!」
「誰にだって間違いはあるよ、人間だからね」
ぽん、と侍女長の肩に手を置く。
効果はないと知りながら、だいたいの女の子が騙されてくれる軽薄な微笑みを添えておく。
「主君が間違ったことをしたとき、それを間違っていると言えるのが真の忠臣というものだ。忠義のために勇気を出そうじゃないか」
「エリザベス様」
「はい」
「ふざけている場合ではございません」
「はい」
普通に怒られた。
やはり人望の公爵が言うのと私が言うのとでは重みが違うらしい。
「わかった、私が城に持っていって直接返してくる」
「より最悪です」
「じゃあ、お兄様から突き返してもらおう。勘違いされるようなものを送ってきたのは殿下が悪いのだし、『僕の妹に色目を使わないでもらえるかな?』とかなんとか言って」
「坊ちゃんがそのようなことを仰ると思いますか?」
「思わないなぁ」
自分で言っておいて何だが、想像できなさ過ぎて笑ってしまった。
人様の贈り物にケチをつけるようでは、人望の公爵は務まらない。
殿下も殿下である。
せっかく他国に行ったのだから、こんなに重たい贈り物ではなく、無難に食べ物でも送ってくれたらよかったのに。
そこまで考えて、ふと思いついた。
「分かった、これは土産だ」
「は?」
侍女長がぽかんと口を開けてこちらを見た。
私は全力で「なるほどな!」という顔を作って、腕を組んでうんうんと頷く。
「殿下は西の国に行かれていたんだろう? こう見えて学園ではたまに話す間柄なんだ。きっと婚約破棄のお詫びを兼ねて土産を送ってくれたんだな、うん。そうに違いない!」
「え? ええ??」
「よく見たら何となくメイドイン西の国、という感じがしなくもない! この国ではあまり見たことのない形のドレスだし!」
「そう、言われてみれば……」
侍女長の目が僅かに泳いだ。よし、あと一押しだ。
「西の国の礼儀ではお詫びの品として衣服を贈るのが一般的だと聞いたことがある! いやぁ、文化もしっかり学んで見えるとは、さすが殿下だなあ!」
「……そう、なのですか」
「そうだとも! お父様には、殿下からお土産をいただきましたよと伝えておこう!」
虚言1000%なのだが、堂々と胸を張って言い切った。嘘をつくときは、堂々としておくに限るのである。
混乱していたらしい侍女長は、最終的には丸め込まれてくれたようだ。ふぅ、やれやれである。
手早くドレスを箱に戻すと、彼女が正気に戻らないうちにと、半ば無理やり侍女長に押し付けた。
「まぁ、私には無用の長物だけどね! 頂き物は頂き物だし、大切にしまっておいてくれたまえ。他の贈り物と同様、厳重に……そう、二度と目につかないくらい奥の方に」
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