第83話 ずいぶんと態度が違うではないか

 書庫に入ってみると、リリアが書棚の高いところにある書類を取ろうと背伸びしているところだった。

 ナイスタイミング。


 後ろからそっと近づき、彼女が取ろうとしていた本を代わりに取ってやった。


「これ?」


 至近距離でリリアの顔を見下ろし、目を細めて最大限に甘く優しく微笑んで見せる。

 ぼん、と音が出そうなほどの勢いで、リリアの顔が朱に染まった。さながら瞬間湯沸かし器である。


「は、はりがとう、ございまふ」


 真っ赤になってどこか焦点の合わない目で私を見つめるリリアの手に、ぽんと帳簿を載せてやる。


「次はどれ?」

「え!? あ、あの、えっと」


 屈み込んで、彼女の手元のメモを覗き込む。

 こんなことをするよりメモを受け取って確認した方が良く見えることは重々承知の上だ。

 攻略対象というのは、それを理解してなお、距離が近い方の選択をしなくてはならないものなのである。


 リリアはすっかりのぼせ上がっているようで、耳まで赤くなってしまっている。


「リジー!」


 ばん、とドアが大きな音を立てて開け放たれた。


「ちょっと、さっきのは貴族としてどうかと思うよ!?」


 何故か顔を赤くしながらずんずんと歩いてきた殿下の肩が、立てかけてあった脚立に当たる。


「あ」


 リリアが声を上げた。

 脚立が倒れ、私とリリアのいる書棚に当たり――上から書類やら帳簿やらが降ってくる。

 彼女が声を上げた理由が分かった。イベントが発生したのだ。


「危ない!」

「きゃ!」


 私は咄嗟を装い、リリアを降ってくる書類から守るように覆いかぶさった。

 本当はそんなことせずとも降ってくる書類が落ちてくる前に全部はじき返すくらいのことは出来ただろうが、それをしないのが攻略対象らしい行動だ。

 ばさばさ背中と後頭部に書類が当たるが、まぁ大した重さでもない。木刀の方がよほど痛いくらいだ。


「……大丈夫?」


 書類の落ちる音が止んでから、ぱちりと目を開けた。

 すぐ目の前に、リリアの琥珀色の瞳があった。

 目を見開いて私を凝視している。


 今の私は、リリアを床に押し倒すような――いわゆる床ドンの体勢だった。

 きちんとイベントを再現できて、内心ほっとする。

 ぱくぱくと口を開け閉めする彼女に、私は余裕たっぷりで微笑んで、言った。


「おや。役得だ」

「あ、あばばば」


 リリア、もはや人語を解していなかった。

 思わず苦笑いをしていると、ぐいと首根っこを引っ掴まれ、無理やり身体を起こされる。

 身体をよじって振り向くと、憮然とした表情の殿下が立っていた。


「……私は片づけてくれと言ったのだけど?」

「……殿下が脚立を倒したせいですよ」


 立ち上がって、殿下を見下ろす。まったく、自分で蒔いた種だろうに何故怒っているのか。何様なのだろう。

 いや、王太子様なのだが。

 

 しばらく私を睨んでいた殿下は、リリアに向き直ると優しげな声音で言う。


「……リリア嬢、遅くなるといけないから今日は帰るといい。馬車で送らせよう」

「では私も」

「きみは残って片付けだ」


 ぴしゃりと言い切られた。ずいぶんと態度が違うではないか。

 まぁ、いいだろう。この部屋でこなすべきイベントはこなせた。

 殿下のアシストがあってのことだし、片付けくらいは手伝ってやろう。

 

 私は肩を竦めると、両手を上げて降参の意を表した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る