第79話 ある種おいしいイベント
「バートン様!」
リリアと話していると、割り込むようにご令嬢に声をかけられた。
声の方を振り向けば、クラス内のご令嬢が勢揃いで、みんなどこかご立腹の様子で私を睨んでいる。
おお。これは、あれでは。
公爵家の方ともあろう者ガー、庶民の相手をするなんテー的な?
確か、クリストファーのイベントで似たようなものがあった気がする。
要するにリリアへの妬みだが、そこでクリストファーがリリアを特別扱いしていることが伝わってしまう、プレイヤーからしてみればある種おいしいイベントだ。
こういうとき、リリアの方に苦言を呈するパターンが多い気もするが……今回は私がお怒りのターゲットのようだ。甘んじて受けよう。
しかしリリアの立場になってみれば、特に悪いことをしたわけでもないのに妬み嫉みの標的になるというのは理不尽な話だ。
特にクラスメイト相手では、今後も気まずかろう。
ゲームの中のリリアは非常に素直で良い子なので「身分の低い自分が高貴な方に優しくされたからといって馴れ馴れしくしてしまった」なんて落ち込んでいたが、馴れ馴れしくしているのは大抵攻略対象のほうだ。
今回も悪いのは私である。怒りがこちらに向いたのは適切と言えよう。
ちらりとリリアの様子を窺うと、怯えた様子で私の後ろに隠れながらもその瞳には「イベント、きた!?」の輝きがちらついている。
うん、気にしていないようで安心した。
「どうしたのかな? 子猫ちゃんたち」
「バートン様は最近ダグラスさんにばかり構いすぎですわ!」
先頭に立っているご令嬢――確か、侯爵家のご令嬢だったか――に続いて、そうよ、そうよ、と他のご令嬢たちが口々に呟く。期待通りの展開だ。
うーん。これはなかなか気分が良いな。この世界のイケメンたちは常にこんな良い気分でいるのか。許しがたい。
ナンパ系イケメンの特権とも言える女子たちからの熱い好意に悦に入っていたが、次の言葉は予想外だった。
「アイザック様がどんな気持ちでいらっしゃるとお思いですの!?」
「うん?」
「ば、や、やめろ!」
見ると、ご令嬢の後ろでアイザックがおろおろしている。何故、ここでアイザックの名前が出る?
「お前たち、何を!」
「アイザック様が意気地なしでらっしゃるから、私たちが一肌脱ぐことにしたのです!」
おお、アイザックよ。ご令嬢に意気地なし呼ばわりされるとは情けない。
焦った表情のアイザックが、ご令嬢たちにぐいぐいと押されて私のすぐ前までやってきた。
さすがに紳士たれと教育されている令息だけあって――あと彼は女性が苦手なので――ご令嬢を払い除けるようなことは出来ないらしく、されるがままだ。
彼は何故意気地なし呼ばわりされているのか自覚があるようで、慌てたような困ったような、居心地の悪そうな顔をしている。
「バートン様、アイザック様がどんなお気持ちでお二人を見ていると思ってますの!?」
「は?」
思わず素で反応してしまった。ご令嬢たちは構わず続ける。
「お二人がお勉強会に行かれるのを見て、まとめたノートを持って寂しそうに後ろをついていって声をかけられるのを待ってみたり!」
「ダンスの授業だって、自分だってバートン様と踊りたいのをぐっと堪えてバートン様がダグラスさんとばかり踊るのを見守ったり!」
「ぐ、やめろ、やめてくれ」
「やめませんわ!」
「アイザック様は黙っていらして!」
アイザックが頭を抱えて呻いている。多勢に無勢、彼の呻きはご令嬢にぴしゃりと切り捨てられた。
「バートン様、ダグラスさんは確かに急に聖女になられて、慣れないことばかりですわ。誰かが助けてあげないといけません」
「でも、アイザック様がしょんぼりしていらっしゃるのは、これ以上見ていられないのですわ!」
「バートン様、アイザック様はお友達でしょう? どうか仲間に入れて差し上げて!」
どん、と背中を押されたアイザックが、私の目の前に1人歩み出る。
愛想がなくて取っつきにくく、ダンスの授業ではご令嬢の足を踏んで遠巻きにされていた彼が、今はたくさんのご令嬢に囲まれて、勇気を出せと激励されている。
男子生徒たちも、遠くからはらはらした様子で私たちを見守っていた。
近寄り難かったはずの彼が、私の知らないうちに随分愛されキャラになっていたようだ。
赤い顔を必死になって隠そうとするアイザックに、思わずにやにやしてしまう。
ダンスのレッスンで無理矢理ターンさせてやった時を思い出した。
いや、アイザックにしてみれば地獄といって差し支えないほど恥ずかしいのだろうけど。
彼の友達としては、少々嬉しく、かなり面白い。
「ぼ、僕は!」
アイザックが、もはややけくそといった様子で声を上げた。
「学年で一番、勉強が出来る」
「知ってるよ」
「だから、お前にも、ダグラスにも、効率的に勉強を教えられるはずだ」
まずは売り込みから入るところが、非常に彼らしいと思った。笑いが噛み殺せなくなる。まぁ、それほど噛み殺す気もないのだが。
「ダンスも、男性パートを練習した。もうほとんど完璧に踊れると思う。……最初の練習相手は、バートン。お前が良い。お前はダンスが上手いし、僕の師でもあるから」
アイザックが、横目にちらりと私を見上げる。
もちろん、私は彼のこのお願いを跳ね除けることだってできる。
しかし、アイザックにここまで言わせて断ったら、クラス中のご令嬢の反感を買うだろう。それは私の本意ではない。
リリアだってそうだ。私が嫌われるだけならいざ知らず、これ以上鋭い視線の標的になるのは避けたいはずだ。
2人きりのお勉強会イベントもダンスの稽古イベントももう熟したのだし、今からアイザックが入ってきたとて問題はない。
2人きりにこだわるよりも、ここで友達を大切にする姿勢と懐の広さを見せておくほうが、私の株は上がるだろう。
ご令嬢たちから見ても、リリアから見ても。
得てして、同性の友達がいない男というのは、異性にもモテないものだ。
「すまない、アイザック。君がそんなに寂しがり屋だとは、知らなかったんだ」
茶化してみると、ぎろりと睨まれた。ご令嬢たちに囲まれていなければ、彼はとっくに逃げ出していただろう。
「勉強会だけど、リリアはとても飲み込みが早くてね。私より頭のいい先生が必要だと思っていたところだったんだ。君の力を借りられたら、私も助かるよ」
ね、とリリアに微笑みかけると、リリアも小さく頷いた。
「ダンスだって、言ってくれればいつでもお相手するよ。……水臭いな。友達だろう? アイザック」
私がにやにや笑いを隠しもせずに手を差し出せば、彼は赤い顔で不満げに私を睨みつけたあと、やがて観念したように私の手を握った。
わっとクラス中から拍手が巻き起こる。アイザックはぷいと顔を背け、私は片手を上げてそれに応えた。
一人、リリアだけは拍手をしながらも、背景に宇宙を背負った猫のような表情をしていた。それはそうなるだろうな、と思った。
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