第78話 約束の桜の下

「あ、あの! バートン様!」


 翌日。教室に入ると、私を待ち構えていたらしいリリアに声を掛けられた。


 リリアから声を掛けられるのは初めてかもしれない。

 これは順調に進んでいるのではないだろうか。今夜はお赤飯だ。


「き、昨日はありがとうございました。バートン様さえよければ、えと、その、また……」

「もちろん、いつでも付き合うよ。ああ、次は普通に遊びに来てくれても良いけれどね」


 笑い合う私とリリアに、鋭い視線が刺さっているのを感じる。

 クラスのご令嬢たちの視線だった。


 当たり前である。皆に聞こえるような声で、「昨日はありがとうございました」などと言ったのだ。

 昨日は休日。ふたりが休日に会っていたことは明らかだし、そのうえ次の約束もした。

 私の周りに侍ってくれているご令嬢たちが、心中穏やかでないのは当然だろう。


 だが、私はあえてそれを無視する。攻略対象というのは、そういうものだ。


 それからも、友の会のご令嬢たちとの時間を減らし、それをリリアとの時間に充てた。

 ご令嬢たちと話すときにも、ふとした時にリリアの話をした。

 誰にでも優しいナンパ系の騎士様像をキープしながら、リリアを特別扱いする様子を演出するためである。


 リリアの方はと言えば、私の献身が功を奏したのか、コミュ症丸出しの状態から少しずつ落ち着きを見せ始め、だんだんと普通に話してくれるようになってきた。

 妙に早口だったり、目が合わなかったり、挙動が不審だったりするのだが……そのあたりは、何とか目を瞑れる範囲だ。

 補って余りあるほど美少女なので。


 時折笑顔も見せてくれるようになった。

 それがいちいち新鮮な驚きをもたらすほど可愛いものだから、感心してしまう。

 すごいな、主人公力。気を強く持っていないと呑まれそうだ。


 私に好意を向けてくれているのも分かった。

 たとえば私と他の攻略対象がいたら私のところに来てくれるし、学内で偶然出会う確率も高い。

 ゲーム内で言えば、マップで私のいる場所を選択したような状況なのだろう。


 そして何より、私を見つめる彼女のきらきらとした瞳には、友の会のご令嬢たちと同じ熱がこもっている。

 決して自惚れではない、はずだ。


 正直、リリアはロベルトよりもチョロいのかもしれない、と思ってしまった。

 そしてリリアからしてみれば、私はロベルトよりもチョロい、のかもしれない。


 いざ自分が攻略される側に立ってみれば、こんなに可愛い子に、序盤からこんなに好意にあふれた振る舞いをされたらそれは落ちるだろう、という気持ちだ。

 主人公の側にその気があっても、なくても。


 転生者だし、挙動は不審だが、それ以外ではリリアは概ね可愛らしく、素直で一生懸命な女の子だった。


 私は、自分の利益のためだけに、そんなリリアの……純粋な女の子の気持ちを弄ぼうとしている。

 そのことに、さすがの私も僅かばかりの罪悪感を感じ……なかった。


 びっくりするほど感じなかった。

 どうやら私にはクズ男の才能があるらしい。

 いつだったか、アイザックに言われた「女の敵」が脳裏を過ぎる。よかった、男じゃなくて。


 というより、これは彼女が私を「攻略対象のキャラクター」と見做していることを理解しているから、罪悪感を抱かずに済んでいるということかもしれない。


 どんなに思わせぶりな言動をされていたって、条件を満たせなければ恋愛エンドは見られない。乙女ゲームの世界では当たり前のことだ。

 ラブラブにデートイベントを楽しんでいたって、パラメータが1でも足りなければ約束の桜の下には来ない。そういうものなのだ。


 そして彼女はそれをよく理解したうえで、私の攻略に挑んでいる。

 「ルート」という発言や、私と行動を共にしようとする姿から、私を乙女ゲームの攻略キャラクターとして見ているのは明らかだ。

 だからこそ、私はあくまでいち攻略対象として、どこまでもドライに徹することができているのだろう。


 ならば、私が選ぶべきはきっと、友情ルートだ。


 私のルートに入ってもらうことで、私の幸せは確約される。それはいい。

 だがこのゲームにおいて恋愛エンドを迎えるというのは、主人公と添い遂げる覚悟をするのと同義だ。

 私にその覚悟があるかというと、もちろんないわけである。


 自分の人生で精一杯なのに、他人の人生など背負えるものか。

 しかも、私は彼女とは法律上結婚できない。これは彼女にとってもデメリットだろう。

 そこで視野に入ってくるのが、友情エンドだ。


 友情エンドにはエピローグがなく、ゲーム後の2人が描かれることはない。

 どの攻略対象の友情エンドも、今後の可能性をほのめかしつつも、これからも仲良くしましょうね、で終わるのだ。


 これが私にとって最も都合がよく、リリアにとってもぎりぎり納得できるラインの結末だろう。

 彼女の未来の可能性を狭めることもない。

 

 攻略対象を目指しながら完全攻略を拒否する、というと何とも複雑に思えるが……要は最後の最後で、私が彼女に「いい友達でいようね」と言えばよいのだ。

 好感度が足りませんでした、という顔をして。


 だが、今のうちから下手に出し惜しみをすると、他の攻略対象に乗り換えらえる可能性もある。

 まずは本気で攻略されるつもりで行こう。友情エンドに舵を切るのは、最後の最後で十分間に合う。


 相手は腐っても乙女ゲームの主人公ヒロイン。手加減なしの、全力で行くべきだ。

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