第77話 1に肯定、2に共感

「わ、わたし。そ、そもそも男の人って、苦手、だし」


 それは何とも、乙女ゲームの主人公に向いていない。思わず「気の毒に」と言いかけた。

 いや、乙女ゲームの主人公はたいてい男慣れしていない設定だから、そういう意味では向いているのか?


「二次元……も、物語の世界の人なら、平気で。……王太子推しだし」


 後半は大きな独り言――聞き流した方がいい言葉だと判断する。

 黙殺して、紅茶のカップに口を付けた。すっかりぬるくなっていた。


「で、でも、実際会ってみたら、何かみんな普通に人間で、三次元で、男の人で。……ま、まだ、現実よりは、マシ……だったけど」


 初めてロベルトと会った時、私も似たような感想を抱いたな、と思い出した。

 約一名、妙に男らしくなってしまった原因は2%くらいは私のような気がするが、98%はロベルト本人が悪い。


「現実の、三次元の男の人って、平気で、ぶ、ブスとか、キモイとか、言うし。地味で大人しそうだと思って、馬鹿にするし、じゃ、じゃあ私に文句言えるほど、ご立派な顔なんですかって、思うけど、言えないし。そ、そのくせ、そのくせ」


 こんこんと恨み節が始まってしまった。これは分かる気がする。そういう奴もいる。

 やさしい世界たるこの世界の話ではなく、前世の話だが。


「女性にそんな言葉を使うなんて、信じられないな」


 話の前半部分だけに反応し、驚いた表情を作って、ナンパ系キャラクターとしての模範解答をしておく。


「あ、えと、ぜ、前世……じゃなかった。む、昔の話、ですけど」


 リリアが慌てて手を振り、弁明した。もう前世とか言ってしまっている。


「か、可愛くっても、可愛くなくても、け、結局、そんなです。み、見た目とか、そればかりで。でも、見返すほどの……胸を張って、見せられるような、中身、なんて、わ、わたしにはなくて」

「リリア」


 そっと彼女の顎を掬う。琥珀色の瞳が、私を捉えた。


 女性の悩みを聞くときには、1に肯定、2に共感、3、4が同意で、5に肯定。だがリリアの悩みは、肯定しかされてこなかったということに根付いている。


 本来ご法度とされるアドバイスだが、この場合は必要なのだろう。

 機嫌を損ねないよう、加減に気を付けなくてはいけない。うんうん微笑んで肯定しているだけの方が、よほど楽なのだが。


「私は君の外見も、中身も。どちらも尊いものだと思うよ。でも、君が望むなら、もっと君は素敵な女の子になるだろうとも思う」


 ゆっくりと言葉を選んで、告げる。


「足りないなら、足せばいいよ。中身が空なら、入れればいい。それだけだと、私は思うけれど?」

「ば、バートン様は、元から、きっと、かっこいいから」

「どうだろうね? これでも案外、苦労してきたかもしれないよ?」


 ふっと微笑んで見せる。

 かっこいいと思ってもらえているなら重畳、苦労の甲斐があるというものだ。

 ……ナンパ系なので、努力も苦労も、表には出さないけれど。


「なりたい自分をイメージするんだ。こうだったらいいな、こうだったら素敵だなって。リリアにだってあるだろう、そういうもの」


 リリアが私の視線から逃げるように、また俯いた。


「最初は中身が伴わなくたっていい。それが普通だ。足りなくってもいい。演じるというのが近いのかな」


 彼女のつむじを見ながら、自分のことを思い出す。

 ここまで、私は攻略対象を演じながら暮らしてきたし、とりあえず向こう1年はその暮らしをするだろう。

 だが、私はそう悪くない半生――というほど生きてはいないが――だと思っている。


 頭で考えるより、見た目からでもいいし、演技でもいい。身体を動かしてしまった方が案外楽になる。

 突き進んでいるうちは、悩んだり振り返ったりしなくて済むからだ。


「そのうち、中身がついてくるよ。意識していないのに、理想の自分が選びそうな選択肢を選んでいることに気づく。空だったはずの箱に、欲しがっているだけでは手に入らなかったものが入っていたことに、きっと気づく。君が、君自身が。これがリリア・ダグラスだって……そう自信を持って言えるような女の子になればいいって、私はそう思っているよ」


 机の上に置かれた彼女の手を取る。そしてその手の甲に、キスを落とした。


「そのためなら、いくらでもお手伝いしますよ、お姫様プリンセス


 悪戯っぽく笑って、ぱちんとウインクした。

 リリアの頬が赤くなる。俯いていた顔が上がっていて、目が合った。

 大きく見開かれた彼女の瞳が、部屋中の光を取り込んで、きらきらと輝いている。


「こ、こんな風に、接してくれたのは、バートン様が初めてです」


 照れたようにはにかんでいる姿はまるで薔薇の蕾が綻んだようで、何とも愛らしかった。


 想像以上に好感触だったようだ。心の中でほっと息を吐く。正念場を、おそらく良い形で乗り越えられた。

 やはり女の子も騎士様が好きらしい、手の甲にキスは鉄板だ。


「お、男の人なのに、不思議と嫌な感じがしなくて」

「そ、それは不思議だね!」


 思わず私も吃ってしまった。

 それは私が女だからだね!

 とは、さすがに言い出せなかった。


 というか私、名乗ったはずだ。エリザベスと聞けば、性別が女性だということは容易に理解できるはず……

 ……と記憶を探るも、途中でクリストファーやらロベルトやらの乱入に遭って、きちんと名乗れていないような気がしてきた。


 何ということだ。女性にきちんと名乗らないとは、ナンパ系としてあるまじき失態である。

 どうにか伝えようと考えかけて、思い留まる。おそらく、そのタイミングは今ではない。

 彼女の話を遮ってする話ではないはずだ。女の子の話を遮るという行為は、どんな場合であれ基本的に悪手である。

 ……よし。もう、この際だ。いけるところまで勘違いしてもらおう。どうせすぐバレるに違いない。


「わ、わたし。どんな自分がいい、とか、やっぱり、よく、分からない……ですけど。お、お姫様みたいに、なりたいって。誰かに……王子様に、大切にされる、お姫様。そういう気持ちは、ずっと、あって。お、男の人は、苦手、ですけど」


 「王子様」の言葉に、一瞬本物の王太子と第二王子が浮かんだが、すぐに打ち消した。

 ここでいうところの「王子様」は、きっと概念の方の王子様だろう。

 白馬に乗って、お姫様を迎えに来る存在。おとぎ話登場率1位の、女の子の憧れ。

 乙女ゲームの主人公に転生したのだ。そのくらい、夢見たっていいだろう。


 どうだろう。フェミニストだし、ナンパ系でも狙えるものだろうか。

 目下の目標は、「大切にされている感」をいかにして演出するか、というところか。


「なれるか、とか。わからないです。で、でも。バートン様が、『お姫様プリンセス』って、言ってくれたから。それに、相応しい……って言ったら、ちょっと、無理かもですけど。バートン様の、隣にいて、変じゃない女の子には……なりたい、です」


 語尾がだんだんと消えていく彼女の言葉に、私は曖昧に微笑んだ。

 最後まで聞こえていたかどうかは、彼女のご想像にお任せするとしよう。


 別れ際の「どうやったらルート入れるんだろ」という大きな独り言は、完全に聞こえないふりをした。

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