第74話 モブではひとたまりもない
教室に着くと、ご令嬢たちに囲まれて挨拶を受けた。
ついでに見回してみたが、クラスメイトもほとんどが見知った顔ばかりである。
当然か、と思う。この学園は1学年4クラスだが、特別クラス2クラスと、一般クラス2クラスに分かれている。
これは身分や学力、諸々の忖度によるクラス分けで、学年が変わっても特別クラスは特別クラス、一般クラスは一般クラスの中でメンバーチェンジがあるだけなのだ。
しかもたいていが高位の貴族、入学時からすでに顔を知らない相手のほうが少ないくらいだろう。
その中に編入する元庶民の主人公のことを思うと、胃が痛くなった。
乙女ゲームの設定だからと特に違和感はなかった――どころか、ありきたりだと思っていた――が、いざ自分と同郷の女の子がその立場になるのを目の当たりにすると、自分だったら胃潰瘍になりそうだなと考えてしまう。
ゲームの都合上当然ながら、ロベルトもアイザックも同じクラスにいる。
男子生徒と談笑していたロベルトは私の視線に気づいて礼を返し、アイザックは座って手元の本を読んでいた。
少しして、教室のドアが開き、少し気崩したスーツ姿の男が入ってくる。見覚えのある顔だった。
「静かに。えー。今年お前たちの担任をすることになった、スレイ・フィッシャーだ。1年間よろしく頼む。……さっそくだが、今日は編入生を紹介する。入れ」
かつん、かつん。
一気に静まり返った教室に、ローファーの踵の音が響く。
紅の髪の少女が、黒板の前に立つ。
ぺこりとお辞儀をして身体を起こし、はらりと落ちた髪を耳にかけた。
前を向いてはにかむその表情に、皆が見惚れていた。ごくり、と喉を鳴らす音すら聞こえた気がする。
「り、リリア・ダグラスです。よ、よろしくお願いしまひゅ!」
か~わ~い~い~!
……いけない。一瞬我を失うほど可愛らしかった。
長年培ったポーカーフェイスと淑女教育の効果で、顔には出ていないと思いたい。
周囲を見渡すと、男子生徒は皆同じように顔が蕩けている。
すさまじい。これが
その中でアイザックとロベルトだけは、いつもと大して変わらない表情だった。
確かに、攻略対象の顔が溶けていては格好がつかない。ここで顔を溶かさないのが、攻略対象たる要件なのだろう。
私は気を引き締めて、余裕ぶった微笑を浮かべる。そして彼女に、小さく手を振って見せた。
私に気づいた彼女の表情が「あ」という驚きのものになる。
「あ~! あの時の~!」作戦、とりあえずは成功だ。
「皆、仲良くするように。……それじゃ、次はお楽しみの席替えだ。各自くじを引いて、番号の席に座りなさい」
教師の案内で、皆でくじを引いていく。
ちなみに、この教師はファンディスクで攻略可能になるサブキャラクターだ。見覚えがあるわけである。
ゲーム本編では攻略できないので、今はマークしておく必要はないだろう。
くじを開き、書かれた番号の席に座る。廊下側の端っこだが、一番前だ。居眠りは出来そうにない。
かたんと椅子が引かれる音をして振り向けば、私の左側の席に座ろうとしているリリアと目が合った。
私は余裕の微笑を崩さないまま、心の中でガッツポーズする。
隣の席をゲットできるとは、幸先がいい。ほかの攻略対象たちと比べて、一歩リードと言えるだろう。
一番前とはツイていないと思ったが、とんでもない。ツイている。今宝くじを買ったら当たる気がする。
隣の席とか、学園ものっぽくてとてもよいではないか。
「隣だね」
そっと小声で告げてウインクしてみせると、リリアの顔がぽっと赤くなった。
「先生」
アイザックが担任の教師に歩み寄っていく。
「僕は一番後ろでは黒板が見えません」
「ああ、そうだったな。じゃあこの列の一番前に来なさい。皆一つずつ後ろにずれるように」
「え」
リリアが私に、少し残念そうな視線を投げながら、席を立つ。そしてひとつ後ろの席に移動していった。
伏し目がちにすると睫毛の長さが際立って、ついつい目で追いかけてしまう。
代わりに、見慣れた眼鏡の男がやって来る。いや、彼も睫毛は長いのだが。
「また隣だな、バートン」
「……そうだな、アイザック」
ふっと勝ち誇ったように笑うアイザック。
なんだ? リリアと私が隣同士になるのを阻止したいのか?
……いや、この朴念仁がそのような機微を理解しているとは思えない。偶然だろう。
隣でないのは残念だが、幸い私は左斜め後ろからが一番盛れる角度だ。
リリアはすでに私のことが気にかかっている様子だし、ここは私の横顔を眺めて気持ちを育てていってもらうことにしよう。
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