第73話 人は見た目ではない、大切なのは中身だ

 なるほど、愛らしい。

 それが彼女を見た最初の感想だった。


 ゲーム内では主人公の顔はあまりはっきりとは描かれず、外見の描写としては赤とピンクの中間くらいの色のセミロングの髪、背があまり高くないことと、他には自称「地味で普通の庶民の子」という程度だったはずだ。


 しかし実際に主人公を目の前にしてみれば、これのどこが地味で普通? 目ん玉どこについてんだ? と聞きたくなるほど、可憐で清楚で華奢で笑顔がキュートでありながら芯が強そうで、何もしていなくても「この子はきっと素敵な女の子に違いない!」と思わせるような力がある……早い話が、千年に一度の美少女だった。


 いや、分かる。乙女ゲームの主人公は得てして自分の見た目に自信がないものだ。それは理解している。

 しかしそれにしたってこれはないだろう、と思った。家にまともな鏡があれば、「地味で普通」などと謙遜であっても言えないはずだ。

 これで地味で普通だというのなら、派手で普通でないのはパリコレモデルくらいになってしまう。


 というか、このイケメン至上主義の世界である。

 普通に考えて、かわいくない女の子が優遇されるはずがない。


 ここまでかなりモテテクを磨いてきた私ではあるが、万一相手が平安美人だった場合にはその能力を遺憾なく発揮できたかは怪しい。

 いや、どうであれやりきるつもりではあったが、かなり覚悟のいる話になるところだった。

 よかった、アリだ。全然アリだ、むしろばっちこいだ。


「あれ? こんなところでどうしたのかな?」


 長いコンパスを生かして、悠々と、しかし一気に距離を詰める。

 彼女は一瞬私を見上げるが、すぐに視線を外してしまう。


 俯いて落ち着きなく手で顔を触っている……言ってしまえば挙動不審なその様子に、違和感を感じた。

 何だろう。何か、ものすごく。

 見覚えが、あるような?


「あっ、いえそれはあっ、わた、わたみ、道に迷っ…フヒッ、オッフ、だからあの、あっ、迷子で、デュフヒッ」


 彼女が小さくボソボソと、早口で呟いた。その口調に、思考のすべてを持っていかれてしまう。

 私の脳内に氾濫したのは、「アチャー」という感情と、「お仲間だ」という感情だ。


 そう。

 理由は分からないが、私にははっきりと分かった。


 彼女は私と同じ、転生者だ。

 それも、オタク……お仲間だ。


 何故かと言われても説明はできない。最早直感でしかなかった。しかし、間違いないという妙な確信があった。


 次にやってきたのは、「これ、アリか? イケるか?」という感情だった。


 見た目はたいそう愛らしい。愛らしいが、この喋り方はいただけない。

 何故かはわからないがすごく既視感があり、見ているだけで身につまされるというか、恥ずかしくて胸のあたりがギューっとなってしまう。


 人は見た目ではない、大切なのは中身だ。

 中身を重視するのであれば、初対面の相手に「デュフヒッ」とか言ってしまうご令嬢は100%事故物件である。

 ときめきで胸をキュンとさせるべき主人公が、共感性羞恥で攻略対象の胸をギュッとさせるなど許されない。


 というか、庶民として育ってきたにしろ、この世界で生きてきた16年だか17年のうち、どこかでこの性格は矯正されなかったのだろうか。

 前世が色濃く出過ぎである。


 ……いや、この世界は乙女ゲームの世界。

 見た目重視のイケメン至上主義世界だから、「デュフヒッ」も見た目が可愛ければOK! と許されてきた可能性すらある。


 攻略対象たちよ、この子に惚れるのか? いくら可愛くたって「デュフヒッ」だぞ?

 万能の外見効果で、「他の女の子とは違う感じがして心惹かれる」に変換されるのだろうか?


 だとしたら攻略対象、言っては何だが全員馬鹿である。

 人を見る目がない。そんな奴らに国営を任せられるか。


 だいたい庶民だってそうそう「デュフヒッ」なんて言わない。

 笑顔を崩さないまま、鼻から深く息を吸って、口から吐く。


 大丈夫、見た目は可愛い。大丈夫。

 中身には目をつぶるのがこの世界の摂理なら、攻略対象たる私はそれに従うべきだ。


 そうだ。攻略していくうちに、彼女が普通のご令嬢になっていく可能性だってあるはずだ。

 ゲームの中でも、最初は貴族の作法など全く分からなかった主人公が、攻略対象のサポートを受けて徐々に貴族の作法を学んでいく。

 少なくとも、これに惚れたの? 頭大丈夫? と(私が)思われない程度にはなってもらえたら助かる。


 ……いや、過度な期待はしない方がいいな。他人の変化をあてにしていても、ろくなことにならない。

 変えよう。私の感性を乙女ゲームナイズしよう。

 出来るか分からない覚悟を決めつつ、私は主人公に向き直る。


「道に迷ったってことは、新入生かな? じゃあ……」


 そっと手を取って、跪く。

 これが嫌いな女子などいるものか。

 ちなみに、制服の襟の色で同学年であることは分かっている。

 この後同じクラスになったときに「転入生だったんだね」とか話しかけるために言ってみただけだ。


「講堂まで、私にエスコートさせていただけますか? 素敵なレディ」


 指先にキスを落として、気障ったらしくウインクしてみせる。

 彼女は「ぼん!」という音と湯気が出そうなくらい勢いよく赤面した。私を見る瞳の中に、ハートマークが見える気がする。


 返事はなかったが、軽く腕を引くと着いてきたので、拒まれてはいないようだ。

 ついでなので、もう一押ししておこう。


「そうだ。せっかくこうして会えたのだから、学園を案内するよ。さ、ついておいで」

「えっ、あっ、えっ!?」

「入学式なら心配しなくていいよ。先生に怒られないように、うまく合流させてあげるから」


 いたずらっぽく笑って、彼女の手を取り歩み出す。

 キョロキョロ辺りを見ていたり、こちらがこんなに見つめているのに目が全く合わなかったりと挙動不審な感は満載だが、ちょこちょこ歩いてついてくる様はなんとも可愛らしい。

 見た目が可愛いというのはやはりすごいな。


「おかしいな、『猫を追いかける』を選択したら、王太子との出会いイベントが発生するはずなのに」


 ぼそりと聞こえてきたのは、やたらと早口な彼女の呟きだった。

 独り言と言うには大きく、私に話しかけているにしては小さい声だ。

 思わず振り返りそうになったが、なんとか聞こえていないフリをする。


 いけない。大きな独り言をいうタイプだ。

 途端に彼女が心配になってきた。


 ゲームのストーリーを知っているということは、これから起きることを知っているということで、それはこの世界の住民からしてみれば未来視に等しい。

 未来がわかる人間を、どんな手段を使ってでも手に入れたいと思う輩はいくらでもいる。それこそ貴族社会には、掃いて捨てるほどいるだろう。


 私は彼女が持っている記憶がこの学園内の出来事にフォーカスしたもので、政治には大して役立たないことを知っている。

 だが、何かの拍子に彼女が未来を知っていると気づいた者が、そこまで理解できるとは思えない。


 ただの独り言の多い女の子で済んでいるうちに、この癖は矯正してやらねば。

 ……まぁ、私にとっては彼女の考えを知るよい手段ではあるので、癖が治るまではカバーしつつ、せいぜい活用させてもらうとしよう。


「このイケメン、誰なんだろ。隠しキャラ? でも隠しキャラはヨウしかいないはず……あ、別ハードのリメイク版で追加される新キャラとか?」


 ぽんぽんと出てくる単語は、どれも今世では耳馴染みのない言葉のはずだが、不思議とすいすい理解ができる。

 彼女はこの乙女ゲームをプレイしたことがあるらしい。しかもそれなりにやり込んでいたと見える。


 だとすれば、彼女は「イベント」を起こそうとするはずだ。

 私は彼女が起こそうとするイベントに先回りして、他の攻略対象から奪ってしまえばよい。

 他の攻略対象の好感度を上げさせず、かつ私のルートに進ませるためにはこれが一番合理的だ。


 利用できそうなイベントの記憶を引っ張り出しながら、私は微笑みを絶やさず彼女を先導した。

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