閑話 ダンスパーティー前日譚(ロベルト&エドワード編)

「殿下! お止めください!」

「うるさい、止めるな!」


 エドワードが城の廊下を歩いていると、何やら騒がしい声が飛び込んできた。

 喚いているのは、弟のロベルトとその護衛のようだった。


 珍しい、と彼は思う。西の訓練場に通うようになってから……もっと言えば、教官としてのエリザベス・バートンと出会ってから、弟が癇癪を起こすことは減っていたのに。


「どうしたの?」

「ああ、エドワード殿下。殿下からもどうか……」


 声をかけたエドワードを見て、護衛が息を呑む。

 そしてしばし、惚けた様子で目の前に現れた王太子を眺めていた。


 無理もない、彼はその日学園で行われるダンスパーティーのために正装していたのだ。

 美しくつややかな銀色の髪は飾り紐で結わえられていて、前髪は軽く流されている。

 白磁の肌に顔のパーツが完璧な配置で置かれ、長い睫毛が縁取る瞳はまるで銀細工にはめ込まれたアメジストのようだ。

 白地に銀の刺繍が施されたジャケットは豪奢な装いで、揃いの細身のパンツがすらりと伸びた長い脚を強調している。


 頭の先から靴の先まで完璧な、絵画から抜け出てきたような美少年に、その場の誰もが視線を奪われていた。


「ロベルト……どうしたんだ、その格好は、」

「兄上! 止めないでください! これが俺にできる精一杯なんです!」


 惚けていた護衛騎士がはっと我に返ったときには、エドワードはすでに室内に入り、ロベルトと対峙していた。


 エドワードが呆れ顔をしていた理由は、言葉通りロベルトの装いにあった。

 本来ならエドワード同様正装しているはずの彼は、どこから調達したのやら、薄桃色のフリルがふんだんに使われたボリュームたっぷりのドレスに、金髪のかつらを引っ掛けていたのだ。


 精悍な顔と逞しい身体つきの彼には、はっきり言って似合っていない。

 いつからここは見世物小屋になったんだ? と聞きたくなる様相である。


「何をどうしたらそうなるんだ……」

「隊長に……エリザベス・バートン嬢にエスコートを断られました。俺には、彼女をエスコートする資格がないと」


 弟の言葉に、エドワードは目を丸くする。

 弟はようやく、己が尊敬する「隊長」の正体を知ったらしい。


「ですが、彼女を一人でダンスパーティーに行かせるような真似をしては、それこそ騎士の名折れです」

「それは、そうかもしれないね」

「だから俺がこうして、女装して彼女にエスコートしてもらうしかないのです!」


 ぐっと拳を握りしめるロベルトに、エドワードは首を巡らせて護衛騎士に視線を送る。

 護衛騎士は、力なく首を横に振った。

 どうやらここにいる誰もロベルトの言い分が理解できていないようだ。


 エドワードはもう一度、弟の姿を上から下まで眺めて、1つ咳払いをする。

 そして「まず第一に」と口火を切った。


「きみにその色は似合わない。日焼けしているし、身体も大きいのだからもっと濃い色にしたほうがいい。それにそのごてごてしたシルエットも身体の逞しさを却って強調していていただけないな。シンプルな形のすっきりしたドレスにしろ。そのままでは女装ですらない、ただ女物の服を着ただけの逞しい男だぞ」

「殿下!?」


「だいたい何だ、そのかつらは。眉の色と合っていないから違和感しかない。かぶるならせめて、元の髪の色に近いものにしろ。化粧もしたほうがいい、顔のつくりは悪くないのだから、それなりに見られるようにはなるだろう」

「兄上……?」


「あとは、肩幅が目立つから隠したほうが良いな。ちょうどいいケープがあるから持って来させよう」

「殿下!!!!?????」

「母上の侍女を呼んでくれ。あと、濃い色でシンプルな……ロベルトでも着られそうなサイズのドレスを何着か見繕って来るようにと」


 驚愕する護衛騎士に、エドワードはてきぱきと言いつける。

 ロベルトの護衛騎士も、部屋の外で控えていた近衛騎士も、何事かと顔を見合わせている。


「兄上……ありがとうございます!」

「別に、きみのためじゃない。彼女の隣に立つなら、せめて迷惑をかけない程度に……」

「……彼女……?」


 笑顔で礼を言うロベルトから、エドワードはふいと視線を外す。

 その口ぶりに、今度はロベルトが首を傾げた。


「兄上も、エリザベス嬢と親しかったのでしたっけ?」

「私はリジーと親しいけれど?」


 妙に「は」を強調して答えたエドワードに、空気が一時停止した。

 誰も二の句が継げないでいると、エドワードは護衛騎士に鋭い視線を送り、命じる。


「追加で私の分のドレスも持って来させろ。それから、針仕事ができる者も」

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