閑話 ダンスパーティー前日譚(クリストファー編)

 クリストファーは侍女長と並んで、何着ものドレスを前に頭を悩ませていた。

 もちろん彼が着るドレスではない。姉のエリザベスのドレスを選んでいるのだ。


 本来、公爵令嬢たるエリザベスが身に着ける物ならばフルオーダーメイドで注文するべきなのだが、如何せん本人にドレスを着るつもりがまったくなさそうなのである。

 学園のダンスパーティーも近づいてきた。

 プレタポルテでも良いから注文して作ってしまおう、というのがクリストファーと父母、そして使用人一同の意見だった。


 ちなみに次期公爵はといえば、「無理やりはよくないんじゃないかなぁ」とどこまでも妹に甘い意見だった。


「どうだろう。姉上なら、紺とか、濃い赤は似合うと思うけど」

「ですが……近頃エリザベス様が親しくしておられるというギルフォード家のご子息を思わせる色合いは、避けたほうが無難かと存じます」

「確かに。妙な噂が立っても良くないですよね」


 婚約者や恋人の髪の色や瞳の色のドレスを選ぶ、というのはよくある話だ。

 ちらりとクリストファーの瞳の端に、淡いピンク色のドレスと、鮮やかな黄色のドレスが映る。

 ぽっと頬を染めてから、彼はふるふると首を左右に振った。


「ですが、あまり淡い色合いは……何と言うか、イメージと違う気がします……」

「ええ、私もそう思います」

「ああ、でも白なら良いかも、これとか」


 白のストレートなラインのドレスを手に取った。

 一見装飾が少なくシンプルに見えるが、よく見るとレースが重ねられていて繊細な印象のドレスだ。


 彼はこれを着た姉の姿を想像する。

 よく似合う、と思うが……何故だかドレスの下に細身のパンツを身に付けているイメージが浮かんできた。


「……せっかくなら女性らしさのあるものがいいのかなぁ」


 明るい色で、可愛らしい形のドレスに目を向ける。


 婚約者のロベルト殿下の瞳は、若草色だ。

 だが、若草色のドレスはどれも元気な印象の、丈の短いものだった。

 手に持った若草色のドレスを身に付けた姉の姿を想像する。


 途端に、クリストファーの顔が真っ赤になった。


「だ、だめです! こんなに脚を見せるなんて、はしたない! 姉上がいやらしい目で見られてしまいます!」

「クリストファー様……正直なところを申しますと、エリザベス様は少しくらいそういった目で見られた方が良いのではないかと思ってしまうのですが」

「だめです!!!!」


 兄を通り越して母のようなことを言い出したクリストファーと、神妙な顔で深いスリットの入ったドレスを眺める侍女長。

 しばらくの沈黙ののち、クリストファーは仕切りなおすように言った。


「とにかく、姉上に似合って、かつ姉上の女性らしさを引き出すようなドレスを探しましょう! 極力、露出の少ないもので!」

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