閑話 ダンスパーティー前日譚(アイザック編)
「ミケーレ」
「……何ですの、ギルフォード様」
イザベラ・ミケーレ侯爵令嬢は、クラスメイトであるアイザック・ギルフォードに声をかけられ、眉間に皺を寄せた。
彼の新興伯爵家の三男坊は、気難しく愛想が悪いことで有名だった。
近頃はその雰囲気も多少和らいでいるが、彼から女子生徒に話しかけることなど滅多になく、苦手な相手であることに変わりはなかった。
「ドレスの流行を教えてほしい。出来れば、僕に似合いそうなものを」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。
「バートンと踊る約束をしているんだ」
「まぁ!」
彼の言葉に、思わず口元を手で覆う。
クラスでも仲が良さそうな様子だったが、そのような仲にまでになっているとは知らなかったのだ。
婚約者のいる麗しの男装令嬢と、怜悧な伯爵家三男の身分違いの恋。
年頃のご令嬢の食指を動かすにはうってつけの展開だ。
「だからドレスが必要なんだ」
「えーと……?」
「バートンがドレスを着てくると思うか?」
そう言われて、件の人物を思い浮かべる。
何度想像してもドレス姿が浮かばず、彼女は首を横に振った。
「僕の予想では、騎士団の制服で現れると踏んでいる」
「騎士団の?」
こちらは即座に思い浮かんだ。
一般の騎士が着ている濃紺も瞳の色と合いそうだし、近衛騎士の臙脂もシックでたおやかな印象が良い。
国境警備の騎士が身に付けるベージュも微笑みの印象をさらに柔らかくするだろう。
「そんなもの、お似合いになるに決まっているじゃありませんの……!」
「ああ。だから、その隣に並ぶのに相応しいドレスがほしいんだ」
思わず赤面して身震いしたイザベラに、アイザックは深く頷いた。
「けれど、どうして私に……?」
「お前が一番流行に詳しくてセンスがいいと、バートンが褒めていたからだ」
「バートン様が?」
麗しの男装令嬢の微笑みと、自分の名前を呼ぶ甘い声を思い出し、イザベラの頬がぽっと赤く染まった。
「そ、そういうことでしたら、手伝ってあげてもよろしくてよ!」
「ありがとう、恩に着る」
「エミリア様、キャサリン様!」
「はい!」
イザベラの呼びかけに、近くで聞き耳を立てていた2人の令嬢が近づいてきた。
「エミリア様のお家は質のいい装飾品のお店を営んでおられますし、キャサリン様の2番目のお兄様は王都で一番の仕立て屋を経営していますの」
「わたくしたち、ずっと思っていましたのよ!」
「アイザック様がドレスを着たらとても素敵なのではないかって!」
勢い込んで話す令嬢に囲まれ、アイザックはたじたじと後ずさる。
「え? は?」
「さ、行きますわよアイザック様!」
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