第70話 いやはや、モテる男はつらい。

 どうしてだろう。

 私は頭を抱えていた。


 婚約破棄のことは良い。計画通り、いや、思ったよりも平和に解決できてしまって驚いているくらいだ。

 こんなに穏便に婚約破棄できたのだから、無理に主人公に攻略されなくてもいいのではないかと思ったくらいだが……

 やはり第二王子の元婚約者という肩書がつくと、それだけで不利になる。

 このまま普通の公爵令嬢に戻ったとて、幸せになれる確証もない。


 むしろ、乙女ゲームの世界の強制力とやらで、元のエリザベス・バートンが辿るはずだった未来に戻される可能性の方が高いくらいだ。

 それならば、やはりここはやり切るしかない。主人公という機構を利用し尽くすしかないのである。

 そう決断するのは早かった。


 私の頭を悩ませている問題は、出揃った攻略対象たちにあった。

 さすが乙女ゲームの攻略対象だけあって美男子ぞろいだ。そこはゲームと変わりがない。

 ちょっとキャラが変わった者もいるが……最も変わっているのは、彼らの頭髪だ。


 何故、攻略対象たちはこぞって髪を切るのだろう。

 皆似合っているとは思う。元が良いので、すっきりしていて良い。

 しかし、私にとっては深刻な問題があった。


 短髪キャラ、私と被っているのである。

 そもそも髪を切ったのは攻略対象との差別化を計ったからだというのに、これでは本末転倒である。

 ロベルトに関しては、私の真似をしただけあってまるかぶりだ。


 主人公が転入してくるまであと2カ月もない。

 僅かな期間であるが、私は髪を伸ばすことを決意した。



 ◇ ◇ ◇



 入学式より前に、卒業式がある。

 友の会の会長と四天王が卒業するということで、一応私も出席した。


「最後の思い出を下さいまし」


 と言われ、請われるままにハグをしたり、お姫様抱っこをしたりとファンサービスに努めた。

 制服のボタンを欲しいと言われたので、特に何も考えずに渡したのだが、よく考えたら私は来年からもこの制服を着るので愚行であった。

 また侍女長に怒られる気がする。


 友の会のご令嬢からもそれ以外のご令嬢からも、わんさか手紙をもらった。

 特に会長の手紙はすさまじく分厚く、手紙というより手記といった様相だった。

 いやはや、モテる男はつらい。


 いや、嘘である。まったくつらくない。全然つらくなかった。

 誰だ、モテる人間にはモテる人間なりの悩みがあるとか言ったやつは。楽しくて仕方がない。

 何ならもっとモテたいに決まっている。


 最近攻略対象たちのごたごたに巻き込まれることが多くて、すっかり遠ざかっていた感覚を思い出す。

 やはり女の子たちにキャーキャー言ってもらえるのは非常に気分が良い。

 この手ごたえをキープしたまま、本番に臨みたいものである。


 ちなみに、卒業する候補生たちからも握手を求められたり手合わせを求められたりしたのだが、そちらは割愛する。

 最大限美観を損ねない表現をするならば、桜によく似た春の花と一緒に、人が舞ったということぐらいだろうか。


 季節は春。

 主人公の編入が、もう目前に迫っていた。

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