第69話 念願の婚約破棄

 何を言っているんだこいつはと思ったが、どうやら本気らしかった。

 よくわからないまま、適当に分かったふりをしてその場をやり過ごす。

 ロベルトはすっかり元気な、いつものチョロベルトに戻っていた。


 帰宅してから、両親に婚約破棄をした――された?――ことを伝えてみれば、父も母も何とも言えない顔で頷いた。

 てっきりまた泣かれるかと思っていたので、拍子抜けだ。どうやら知っていたらしい。


 それはそうか、結局のところこの婚約は私とロベルトというより、王家と公爵家のものだ。

 両親が知らないうちに、進められるものではないはずだ。


「お前にとってはつらいことかもしれないが、私はこれでよかったのだと思っているよ」


 お父様はそっと私の肩に手を置く。

 奇遇なことに、私もよかったと思っているのでつらくはないのだが、どのような顔で聞くのが正解か分からない。


「ここしばらく、陛下に進言していたんだ。うちの娘に王子妃は務まらないと」


 初耳だった。

 父も私と同じく、穏便な婚約破棄に向けて動いていたらしい。


「ロベルト殿下の意思を尊重しているというお話だったから、斯くなるうえは殿下に直接……と思っていたんだ。殿下が正しい判断をしてくださって、正直安堵している」

「えーと。どうしてでしょう」

「真の忠臣というものは、主君が道を誤りそうなとき、その身を挺して止めることの出来るもののことだ」

「はぁ」

「殿下とお前が結婚すれば、確かに我が家にとって利益になるだろう。しかし、王太子殿下が即位されればお子が生まれるまでロベルト殿下が王位継承権一位となる。万が一のときにお前に国母が務まるとは、とてもではないが思えない。国のためを思えば、我が娘とはいえお前をぜひにとは言えまいよ」


 ど正論だった。

 だが面と向かって言われると、何とも微妙な気持ちになる。

 人を忠義を量るリトマス試験紙にしないで欲しい。


 父は苦渋の決断をしたという表情だが、当の私にとっては婚約破棄はむしろ喜ばしい事態であるので、あまり気に病まないでほしいと思う。


「お前も、そのままのお前を受け入れてくれる人と一緒になったほうが幸せだろう」


 そのままのお前、と言いながら見つめられ、思わず首を傾げる。

 現在の私は迫り来る主人公攻略のときのために作り上げたものだ。それが済んでからも、このままでいるかは私にも分からない。

 ……まぁ、いきなりドレスに左団扇でオーッホッホホと高笑いするのかと言われると、それもまた分からないのだが。


 お父様の言う「そのままの私」は別に「ありのままの私」というわけではないので、何とも的外れなことを言われているような気がしてしまう。

 まあ、私を思ってのことでもあるという父の気持ちは伝わった。

 我がことながら、よく見捨てずにここまで不自由なく育ててくれたと思う。さすがは人望の公爵様だ。


「あなたの手綱を握ってくれるようなお相手がいるとよいのですが」


 心配そうに呟く母の言葉は、聞かなかったことにした。

 かくして、私が目標の一つとしていた念願の婚約破棄は、驚くほど簡単に達成されたのである。

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