第64話 上の空のロベルト

 王太子殿下が西の国に旅立って、数週間。

 表向きは留学ということになっているが、時期があまりに中途半端だったため、様々な憶測が貴族の間を飛び交った。


 だが、私の方はそれどころではなかった。

 期末試験の勉強をせねばならなかったからである。

 

 ダンスはいい。いざとなればどちら側でもそれなりに踊れる。

 護身術も免除されているので満点扱いだ。マナーや礼儀作法も実技は問題ない。

 問題はいわゆるお勉強系の試験だった。


 下手をすると落第、留年である。留年するとどうなるかというと、主人公と同じ学年になれないのである。

 今から後輩キャラへシフトするのは無理がある。同じ年の後輩キャラとか業が深すぎる。

 何としてでも進級せねばならない。


 アイザックに頼んで何度も付きっきりで勉強会をしてもらったし、仕事帰りで疲れたお兄様に縋りついて過去の試験問題を教えてもらった。

 家では入学試験を控えたクリストファーも一緒になって勉強してくれた。


 しかし、人間には向き不向きというものがある。限界もある。

 これは、バレずにカンニングする練習をした方が成果が上がるのではないか、と知識を詰め込みすぎて朦朧とした頭で考えたりもした。


 それはお兄様に怒られるのでは、いや、結局は結果がすべてだ、しかし万が一バレたときのリスクが、それを言うなら留年のリスクは。

 ぐるぐる考えて、考えて、私は考えることを放棄した。

 向き不向きの話で言えば、悩むのは私には向いていないのである。


 とりあえず本番の試験問題を見てみないことには、何も分からない。

 もしかしたら過去問と同じような問題ばかりかもしれないし、アイザックゼミでやったところばかり出題されるかもしれない。

 カレーの作り方を書いたら点数がもらえるかもしれないし、最終問題の出題まで残っていたら無条件で進級させてもらえるかもしれない。


 いざこれは危ないぞとなったときは、カンニングを検討しよう。

 幸い隣の席はアイザックだし、カンニングペーパーに困ることはない。


 そうと決まれば、根を詰めすぎても勉強の効率は悪くなるばかりだ。

 久しぶりにしっかり体を動かそうと訓練場に行ってみれば、いつもいるはずのロベルトの姿が見えないことに気が付いた。


 学園に入学してから訓練場に来なくなる者もいたが、彼はほとんど毎日のようにここに入り浸っていたはずだ。

 さては、あいつも試験勉強に追われているクチだな。


 一通りメニューをこなしてから、教官たちに世間話として聞いてみると、皆一様に顔を見合わせた。


「いや。ロベルトの奴、最近どうも様子がおかしくてな」

「様子がおかしいのはいつもじゃないですか?」

「言ってやるなよ……」


 私の言葉に、教官たちは苦笑いする。

 いつも様子がおかしいのは誰も否定しなかった。


「今日も一応来るには来たんだが……上の空っつーか、ぼーっとしてて。危なっかしくて見てらんねえから帰らせたんだよ」

「やっぱ、あれじゃねえか。兄貴がいなくなっちまって、張り合いがなくなった、とか」

「王太子殿下、西の国で嫁探しって言われてるけどよ」


 ここでも王太子殿下の話が出てきた。すっかり時の人である。


 なるほど、今のところ殿下に婚約者はいない。

 国内で有力候補と言われているご令嬢はいるが、他国との関係強化を図るのであれば、どこかの国の王族から嫁をもらうのは定石だろう。


「噂じゃ、王太子殿下が他国に婿入りして、ロベルトが王位を継ぐんじゃないか、とかそんな話まで出てたぞ」

「そうか、ロベルトも一応、王子だもんな」

「一応、公爵令嬢と婚約してるもんなぁ」


 教官たちの視線が私に向く。

 「一応」が「婚約してる」ではなく「公爵令嬢」にかかっているとしたら、ちょっと話し合いが必要かもしれない。


 グリード教官が代表して、私に聞いた。


「……お前ら、本当に結婚すんのか?」

「……すると思います?」


 聞き返してみると、3人とも黙ってしまった。

 3人でしばらく視線だけを交わした挙句、謎のフォローを入れてきた。


「ロベルト、素直でいい奴だぞ。馬鹿だけど」

「強いし、見た目だって悪くないだろ。チョロいけど」

「浮気とかしないと思うぞ。アホだけど」

「……ノーコメントで」


 そういえば、私が王太子殿下経由でお願いした、ロベルトとの婚約破棄はどうなっているのだろう。そろそろ陛下にも伝わっただろうか。

 殿下が帰ってきたら、聞いてみなければならないな。


 訓練場での息抜きを終えた私は、さっさと勉強に戻るべく更衣室へと向かった。

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