第65話 「酔うと強くなる」という拳法
期末試験の結果が廊下に貼り出された。
私は真っ先に自分の位置を確認する。
試験中「アイザックゼミでやったところだ!」の連発だったので、自信はあった。少なくとも落第を免れたのは間違いない。
自分の名前を見つける。中の上という絶妙な好位置である。
実技系は満点に近いので、普段その他が出来なくても下の上くらいにはいたのだが、このぐらいの順位が取れるのは非常に都合が良かった。
これから貴族社会のことを何も知らない主人公を導くのだから、ある程度の知識はあった方がいい。
かといってガリ勉秀才キャラはアイザックと被るし、それこそ向いていない。
気さくなナンパキャラで行こうと決めたので、目指すのは「チャラついてるのに馬鹿じゃない」とギャップを感じてもらえる程度のラインなのだ。
その意味で言えば、この成績は狙っていた位置そのものだ。あと、お父様にも怒られない。
満足して踵を返すと、すぐ隣に立っていたアイザックに気がついた。
いつも1位なのだから、わざわざ人混みに揉まれて確認に来なくてもよいと思うのだが。
「うそだ……」
しかし、小さく聞こえた言葉と、横目にちらりと見えた彼の表情があまりに予想と違ったため、思わず声をかける。
「アイザック?」
「僕が……負けた?」
「は?」
彼の呟きに、まったく関係がないのでちらりとも確認していなかった、上位の成績優秀者に目を向ける。
2位に、アイザックの名前があった。
……2位? アイザックが?
では、誰が?
視線を上げて、1位を確認する。
「ロベルト・ディアグランツ……?」
一瞬脳に意味が入ってこなかった。
えっと? ロベルト……ロベルトって、確か、固有名詞かな? 人の名前だったような?
はああああああああ!!!???
心の中で絶叫しながら、実際に叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
これぞ長年にわたる淑女教育の成果。ありがとう公爵家。
アルカイックスマイルは少々引き攣ったが、余裕たっぷりのナンパな騎士様像を崩さずに済んだ……と思いたい。
5度見しても、結果は変わらなかった。
この学園生活1年めを締めくくる期末試験で、1位を取ったのは。
どうやら我が婚約者、チョロベルトらしかった。
◇ ◇ ◇
アイザックの落ち込み方は、普段のクール系眼鏡キャラからは想像できないほどのものだった。
眼鏡をかけていることからも分かるとおり、アイザックは秀才キャラである。
試験は常に1位だし、学園を主席で卒業した後は宰相として国営に関わる。
だがゲームの中でも、そんな彼が試験で1位を取れないという、天変地異のような事態が起きるイベントがある。
そのとき1位を取るのは、主人公だ。
勉強パラメータをほぼカンスト状態にしないと見られないイベントで、プレイ1週目で見ることは事実上ほぼ不可能な、ある意味で隠しイベント的な要素の強いものだ。
2週目以降のプレイであっても、高価なアイテムを使い、好感度上げそっちのけですべての自由時間を勉強につぎ込んだ挙句、確率で発生する「大成功」によるパラメータの2倍上昇がなければ達成できないような数値である。
分かるだろうか。
本来主人公しか成しえないそれを、ロベルトが達成してしまったことの異常性が。
あいつはいったいどうしてしまったのだ。
普段は私とどっこいどっこいか、私より少し下くらいの成績だったではないか。
俺様キャラはどうした。いや、それはもはや諦めたかもしれないが、では脳筋キャラはどうした。
今から秀才キャラに舵取りをするのは、さすがに無謀が過ぎるのではないか。
そこでふと、先日訓練場で聞いたロベルトの話を思い出す。
様子がおかしかったとか、ぼーっとしていた、とかいうものである。
理屈と真偽は知らないが、前世では「酔うと強くなる」という拳法があった。
もしかして、だが……
もしかして……あいつ、ぼんやりしている方が有能なんじゃないか?
いつも無駄に元気な脳筋ロベルトと、ゲームの中のオラオラ俺様系ロベルトしか知らないので、ぼーっとしている有能なロベルトのイメージがまったくもって湧かないが……
国のためを思うと、このままの方が良いのかもしれない。
そんな考えが、ふっと頭を過ぎった。
あんな奴でも一応第二王子だ。国の政治に関わらずに一生を過ごすことなど不可能だろう。
であれば。
下で働く貴族としては、そりゃあ有能な上司の方が良いに決まっているのである。
身近なところでぼんやりどんよりされたらイライラするだろうが、無能よりはましだ。
……待てよ?
もし、ロベルトが有能になってしまったら。
王太子と歳は1年しか違わないし、ロベルトの母のほうが身分が高い。
今まではあまりに向き不向きがはっきりしていたために、俎上に上ることすらなかったが……もし、ロベルトが次期王として有用であると判断するものが出てしまったら。
彼を担ぎ上げて、王にしようと目論む貴族が出てしまったら。
それは、王位継承権争いというやつが、勃発してしまうのではなかろうか。
それはあまりにも、ぞっとしない話だ。
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